2008年6月18日水曜日
2008年6月17日火曜日
キャラクター祭り「ザ・マジックアワー」
途中まではうまいなあと思うけど
なんか後半はうまいのか?という不思議な仕上がり。
最近、シメよう!上手にシメよう!と思うのか
三谷さん、後半に向けて話が小さくなる。
と偉そうに書くものの、あっぱれな満員御礼。
映画館ぎっしりの客席、久々に見た。
あれは、もう昭和の景色だ。なかなかない。
PRし過ぎだとかいろんな偉い人がたたいてたけど
PRすることの大変さをしらないんだ。
出てみればいいんだ、あんなにたくさん。あれは悲惨。
もうすり切れまくりだと思う。PRすり切れ。
がんばる監督は美しい。見てもらおうというのは感心。
とにかくちょい役とか含めて出てくる人出てくる人
くだらなくて、キャラクター祭りとしては最高。
なんで、そういうキャラ設定なの?という人が
次々に画面を横切る凄さ。
隣の人とか、あ!アッ!とか見つけて盛り上がってたし。
佐藤浩市を見るだけでも価値ありです。
たまたま出てた綾瀬はるかを見て
僕の彼女はサイボーグのことを思い出し、見に行った。
綾瀬はるかのかわいさはそっちの完勝だった。
三谷さん、あんまりかわいく女子を撮らないからなあ。
なんか後半はうまいのか?という不思議な仕上がり。
最近、シメよう!上手にシメよう!と思うのか
三谷さん、後半に向けて話が小さくなる。
と偉そうに書くものの、あっぱれな満員御礼。
映画館ぎっしりの客席、久々に見た。
あれは、もう昭和の景色だ。なかなかない。
PRし過ぎだとかいろんな偉い人がたたいてたけど
PRすることの大変さをしらないんだ。
出てみればいいんだ、あんなにたくさん。あれは悲惨。
もうすり切れまくりだと思う。PRすり切れ。
がんばる監督は美しい。見てもらおうというのは感心。
とにかくちょい役とか含めて出てくる人出てくる人
くだらなくて、キャラクター祭りとしては最高。
なんで、そういうキャラ設定なの?という人が
次々に画面を横切る凄さ。
隣の人とか、あ!アッ!とか見つけて盛り上がってたし。
佐藤浩市を見るだけでも価値ありです。
たまたま出てた綾瀬はるかを見て
僕の彼女はサイボーグのことを思い出し、見に行った。
綾瀬はるかのかわいさはそっちの完勝だった。
三谷さん、あんまりかわいく女子を撮らないからなあ。
2008年6月15日日曜日
白人白人「英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展」@森美術館
なんか分からんけど、本当に白人の方々が多い美術館内。
不思議だ。ターナー賞好きなのか?白人。
同じ森美術館でいろいろ見るけれど、
こんなに白人の方々ばかりと見たのはあまりない。
まあ、たまたまだろうけど。
ちょっと塊感がない感じだったけど、世の中で
流行りそうな雰囲気は伝わった。
イギリスものはちょっとあっさりで、しかも
頭よさげなところも結構あって、なかなか個人的には
ガツンとこないことが多いんだけど。
ちょっと、身体が動いてない気がしてしまうんだなあ。
頭先行なイメージが強い。
受賞者一覧
1984 マルコム・モーリー
1985 ハワード・ホジキン
1986 ギルバート&ジョージ
1987 リチャード・ディーコン
1988 トニー・クラッグ
1989 リチャード・ロング
1990 実施されず
1991 アニッシュ・カプーア
1992 グレンヴィル・デイヴィー
1993 レイチェル・ホワイトリード
1994 アントニー・ゴームリー
1995 デミアン・ハースト
1996 ダグラス・ゴードン
1997 ジリアン・ウェアリング
1998 クリス・オフィリ
1999 スティーヴ・マックィーン
2000 ヴォルフガング・ティルマンス
2001 マーティン・クリード
2002 キース・タイソン
2003 グレイソン・ペリー
2004 ジェレミー・デラー
2005 サイモン・スターリング
2006 トマ・アブツ
2007 マーク・ウォリンジャー
個人的にはやっぱり本物はすげえ、グッときた
牛まっぷたつのデミアン・ハーストを見て
おばちゃんがしきりに
「なんでこんなことするん?かわいそうや!
こんなん見たない!ああ!いやや!」
とわめいていたのが、印象的だった。
そういう感情すら起こることも大事なんだろうけど
スキャンダラスなことばかりで、グッと美しいモノ
(単純にキレイ!的なモノ)が少ない気もして
リフレッシュにはなりにくかった。
グレイソン・ペリーのパッチワークな壷も結構好き。
クリス・オフィリのつぶつぶな黒人も表面の
肌触り感がよかった。
ジリアン・ウェアリングの60分間立たせっぱなしの
記念写真VTRもくだらない。
ヴォルフガング・ティルマンスの写真はすかしな感じ。
不思議だ。ターナー賞好きなのか?白人。
同じ森美術館でいろいろ見るけれど、
こんなに白人の方々ばかりと見たのはあまりない。
まあ、たまたまだろうけど。
ちょっと塊感がない感じだったけど、世の中で
流行りそうな雰囲気は伝わった。
イギリスものはちょっとあっさりで、しかも
頭よさげなところも結構あって、なかなか個人的には
ガツンとこないことが多いんだけど。
ちょっと、身体が動いてない気がしてしまうんだなあ。
頭先行なイメージが強い。
受賞者一覧
1984 マルコム・モーリー
1985 ハワード・ホジキン
1986 ギルバート&ジョージ
1987 リチャード・ディーコン
1988 トニー・クラッグ
1989 リチャード・ロング
1990 実施されず
1991 アニッシュ・カプーア
1992 グレンヴィル・デイヴィー
1993 レイチェル・ホワイトリード
1994 アントニー・ゴームリー
1995 デミアン・ハースト
1996 ダグラス・ゴードン
1997 ジリアン・ウェアリング
1998 クリス・オフィリ
1999 スティーヴ・マックィーン
2000 ヴォルフガング・ティルマンス
2001 マーティン・クリード
2002 キース・タイソン
2003 グレイソン・ペリー
2004 ジェレミー・デラー
2005 サイモン・スターリング
2006 トマ・アブツ
2007 マーク・ウォリンジャー
個人的にはやっぱり本物はすげえ、グッときた
牛まっぷたつのデミアン・ハーストを見て
おばちゃんがしきりに
「なんでこんなことするん?かわいそうや!
こんなん見たない!ああ!いやや!」
とわめいていたのが、印象的だった。
そういう感情すら起こることも大事なんだろうけど
スキャンダラスなことばかりで、グッと美しいモノ
(単純にキレイ!的なモノ)が少ない気もして
リフレッシュにはなりにくかった。
グレイソン・ペリーのパッチワークな壷も結構好き。
クリス・オフィリのつぶつぶな黒人も表面の
肌触り感がよかった。
ジリアン・ウェアリングの60分間立たせっぱなしの
記念写真VTRもくだらない。
ヴォルフガング・ティルマンスの写真はすかしな感じ。
2008年6月14日土曜日
珍美体験「シャネル・モバイルアート」@代々木公園内特設会場
代々木の丹下建築の脇に現れた
ザハ・ハディドのうねうね建築は
世界各国を動き回り、アートのハコごと
移動する移動型美術展。シャネルがやってる。
しかも、タダ。すごいぞ。シャネル。
MP3プレイヤーをつけて、ナレーションに従って
館内を歩きまわる40分のコンテンポラリーアート体験。
美術館とかのアートとの向き合いとは違う
なんだろう?一言でいうと・・・
好きなもの、こんなの集めた!という自慢を聞く感じ。
非常に悪くない。ただ、アートを見に行くというよりも
その特異な体験をしにいく、シャネルにお呼ばれする、
あくまでもイベントだと思う。
作品にはひたれないし、自分の好きなアングルにも入れない。
だけど、楽しい。むしろ自分を失くして没入すると得する。
明確な意図を持って、こんな風にワタシは見てほしいの!と
主張する美意識が、よい。嫌いな人は嫌いかもだけど。
シャネルのバッグをテーマにずらりとそろったアーティストたち。
荒木 経惟 (日本)
オノ ヨーコ(日本)
ダニエル ビュレン (フランス)
イ ブル (韓国)
ソフィ カル (フランス)
田尾 創樹 (日本)
ロリス チェッキーニ (イタリア)
ヴィム デルヴォワイエ (ベルギー)
レアンドロ エルリッヒ (アルゼンチン)
シルヴィ フルーリ (スイス)
楊 福東(ヤン フートン)(中国)
スボード グプタ (インド)
ファブリス イベール (フランス)
ピエール&ジル (フランス)
Y. Z. カミ (イラン)
デヴィッド レヴィンソール (アメリカ合衆国)
マイケル リン (台湾)
ブルー ノージズ (ロシア)
スティーブン ショア (アメリカ合衆国)
束芋 (日本)
ダニエル・ビュレンの刺青豚。
レアンドロ・エルリッヒの街の映る水溜り。
ブルー・ノージズのダンボール覗いたら裸映像。
そんなモノにグッときた。
まあ、アートとしては、もっといいものが他にもあるけど
建物に入って、音楽にのせて、言葉を聞いて、景色を見る。
一連で楽しめます。こういうイベントは豪華ですごくよい。
自分でも何か作ってご招待したいぐらい。
こういう体験は珍しいからしといた方が、よいですな。
ザハ・ハディドのうねうね建築は
世界各国を動き回り、アートのハコごと
移動する移動型美術展。シャネルがやってる。
しかも、タダ。すごいぞ。シャネル。
MP3プレイヤーをつけて、ナレーションに従って
館内を歩きまわる40分のコンテンポラリーアート体験。
美術館とかのアートとの向き合いとは違う
なんだろう?一言でいうと・・・
好きなもの、こんなの集めた!という自慢を聞く感じ。
非常に悪くない。ただ、アートを見に行くというよりも
その特異な体験をしにいく、シャネルにお呼ばれする、
あくまでもイベントだと思う。
作品にはひたれないし、自分の好きなアングルにも入れない。
だけど、楽しい。むしろ自分を失くして没入すると得する。
明確な意図を持って、こんな風にワタシは見てほしいの!と
主張する美意識が、よい。嫌いな人は嫌いかもだけど。
シャネルのバッグをテーマにずらりとそろったアーティストたち。
荒木 経惟 (日本)
オノ ヨーコ(日本)
ダニエル ビュレン (フランス)
イ ブル (韓国)
ソフィ カル (フランス)
田尾 創樹 (日本)
ロリス チェッキーニ (イタリア)
ヴィム デルヴォワイエ (ベルギー)
レアンドロ エルリッヒ (アルゼンチン)
シルヴィ フルーリ (スイス)
楊 福東(ヤン フートン)(中国)
スボード グプタ (インド)
ファブリス イベール (フランス)
ピエール&ジル (フランス)
Y. Z. カミ (イラン)
デヴィッド レヴィンソール (アメリカ合衆国)
マイケル リン (台湾)
ブルー ノージズ (ロシア)
スティーブン ショア (アメリカ合衆国)
束芋 (日本)
ダニエル・ビュレンの刺青豚。
レアンドロ・エルリッヒの街の映る水溜り。
ブルー・ノージズのダンボール覗いたら裸映像。
そんなモノにグッときた。
まあ、アートとしては、もっといいものが他にもあるけど
建物に入って、音楽にのせて、言葉を聞いて、景色を見る。
一連で楽しめます。こういうイベントは豪華ですごくよい。
自分でも何か作ってご招待したいぐらい。
こういう体験は珍しいからしといた方が、よいですな。
2008年6月7日土曜日
凄!凄!凄!「エミリー・ウングワレー展」@国立新美術館
オーストラリア中央の砂漠地帯で、
アボリジニの伝統的な生活を送りながら、
儀礼のためのボディ・ペインティングや砂絵を描いていたが、
1977年からバティック(ろうけつ染め)の制作をはじめ、
88年からはカンヴァス画を描きはじめる。
その後亡くなるまでのわずか8年の間に
3千点とも4千点ともいわれる作品を残した。
90年以降はシドニー、メルボルン、ブリスベーンで個展を開催。
没後も97年にヴェネツィア・ビエンナーレの
オーストラリア代表に選ばれ、
98年にはオーストラリア国内を巡回する大回顧展が開催された。
*****************************
そんな展覧会。
この人、80歳すぎて、絵筆をとったって。
いやあ、ダントツ今年一番です。
もう、なんか説明しにくい感じなんですけど、
すごい景色を観た時に、その景色に溶ける風に感じる
あの雰囲気が、絵の中に封じられているのね。
もうねえ、脳みその中の感動要素をまんま
外に出した感じで驚くことこのうえない。
プリミティブなモノが凄いとはよく言うけれど、
考えに考えぬいてきた現代西洋美術が行き着いた先と
大昔から続いてきた魂を描きつけたアートが
まったく同じ世界にたどりつく、その凄まじさ。
なんだろう?かたちをかたちとして見る訓練を
知らず知らずにしているんだなあとつくづく思った。
本当に点描でしかない抽象画なのに、
ふと何かがうかびあがる。意識って怖い。脳って何だ?
で、ひとりで一気にいろいろな観念世界を
ワープしていく、このおばあちゃんは本当に半端ない。
いやあ、いいもん観た。
アボリジニの伝統的な生活を送りながら、
儀礼のためのボディ・ペインティングや砂絵を描いていたが、
1977年からバティック(ろうけつ染め)の制作をはじめ、
88年からはカンヴァス画を描きはじめる。
その後亡くなるまでのわずか8年の間に
3千点とも4千点ともいわれる作品を残した。
90年以降はシドニー、メルボルン、ブリスベーンで個展を開催。
没後も97年にヴェネツィア・ビエンナーレの
オーストラリア代表に選ばれ、
98年にはオーストラリア国内を巡回する大回顧展が開催された。
*****************************
そんな展覧会。
この人、80歳すぎて、絵筆をとったって。
いやあ、ダントツ今年一番です。
もう、なんか説明しにくい感じなんですけど、
すごい景色を観た時に、その景色に溶ける風に感じる
あの雰囲気が、絵の中に封じられているのね。
もうねえ、脳みその中の感動要素をまんま
外に出した感じで驚くことこのうえない。
プリミティブなモノが凄いとはよく言うけれど、
考えに考えぬいてきた現代西洋美術が行き着いた先と
大昔から続いてきた魂を描きつけたアートが
まったく同じ世界にたどりつく、その凄まじさ。
なんだろう?かたちをかたちとして見る訓練を
知らず知らずにしているんだなあとつくづく思った。
本当に点描でしかない抽象画なのに、
ふと何かがうかびあがる。意識って怖い。脳って何だ?
で、ひとりで一気にいろいろな観念世界を
ワープしていく、このおばあちゃんは本当に半端ない。
いやあ、いいもん観た。
2008年6月5日木曜日
刺さるんだけど「THE SHAMPOO HAT『立川ドライブ』」@シアタートラム
人生は変えないお芝居はたくさんあって
とってもいいお芝居だったんだけど、なんかそういう感じ。
でも、少しでも人生に隙間を与えるキッカケを与えて欲しい、お芝居には。
というか、芸術と名のつくものには。
芸術ではなくて、芸能だと割り切るならば、もっともっとシンプルに
楽しませて欲しい。想いとかもまるごと乗せて、
楽に人生をふるわせてほしい。
また、震わせたい。
なんとなく見ちゃったモノで、日常がずれるきっかけが
テレビにもきっとあって
だから、テレビも面白いのだと日々思う。
そして、まだ見捨てられていないのだと思う。
お芝居にしかできないことを、たくさん夢見ていただけに
もっともっと演劇さんには、
刺激ある舞台を生み出して欲しいのだ。
でも、このお芝居は伝われっていう熱はものすごく感じたし、
その熱をうまく消化している感じで、気持ちにグッときた。
でも、気がふれる以外に、今を語る要素ってないのかなあ。
なんか、もう随分長いこと、作者の中に
そこに気持ちを持っていかれている方々が多くて、
正直、疲れてきてる。
携帯小説の方が、リアルな軽薄さがあって
そこにしっかりつかる人がいればいいのにと思う。
今を生きているカルチャーヒーローがいない。
若手と呼ばれる演劇さんたちに。
古典とかじゃなくて、今を、
見たことない世界として、立ち上げて欲しいなあ。
芸能のヒーローが誕生しないかなあ。芸術に逃げ込まずに。
とってもいいお芝居だったんだけど、なんかそういう感じ。
でも、少しでも人生に隙間を与えるキッカケを与えて欲しい、お芝居には。
というか、芸術と名のつくものには。
芸術ではなくて、芸能だと割り切るならば、もっともっとシンプルに
楽しませて欲しい。想いとかもまるごと乗せて、
楽に人生をふるわせてほしい。
また、震わせたい。
なんとなく見ちゃったモノで、日常がずれるきっかけが
テレビにもきっとあって
だから、テレビも面白いのだと日々思う。
そして、まだ見捨てられていないのだと思う。
お芝居にしかできないことを、たくさん夢見ていただけに
もっともっと演劇さんには、
刺激ある舞台を生み出して欲しいのだ。
でも、このお芝居は伝われっていう熱はものすごく感じたし、
その熱をうまく消化している感じで、気持ちにグッときた。
でも、気がふれる以外に、今を語る要素ってないのかなあ。
なんか、もう随分長いこと、作者の中に
そこに気持ちを持っていかれている方々が多くて、
正直、疲れてきてる。
携帯小説の方が、リアルな軽薄さがあって
そこにしっかりつかる人がいればいいのにと思う。
今を生きているカルチャーヒーローがいない。
若手と呼ばれる演劇さんたちに。
古典とかじゃなくて、今を、
見たことない世界として、立ち上げて欲しいなあ。
芸能のヒーローが誕生しないかなあ。芸術に逃げ込まずに。
2008年5月27日火曜日
アメリカの旗のもとの正義「チャーリー・ウイルソンズ・ウォー」
「ひとりの議員が世界を変えた」みたいなPRを見て
見に行ったんだけど、なんのことはないアメリカバンザイ。
共産圏との戦いに挑むアフガンに武器供与を実現した
議員の正義感を描いたものだった。
(正しい見方なのかどうかは分からないけれど)
アメリカの正義をばらまくために、戦争の片方にグッと肩入れ。
そんなのウソだと分かっているけれど、その傘の下にいるリアル。
うんざりするんだけど、実際問題はそこに日本がいることは
間違いなくて、映画どころじゃない気持ちになった。
アメリカにもらったバカデカイバズーカでドカンとソ連のヘリコプターを
打ち落として、大喜びするテロリスト。
でも、そんなアメリカの武器がいっぱいあるんだよなあ、この国。
しかも、よっぽどお金かかった武器。
どうなの?そんな国。
と小難しいことを考えてしまったりするよなあ。
でも、アメリカ人は自戒をこめてつくったのかなあ、この映画。
冗談なのかな?
あんなに頑張ったのに、どうして今、こんなことになってしまったのか?
アメリカの正義は守られたはずなのに、世界は意外と変わらないみたいだ。
とか、そんなこと、あるのか?
見に行ったんだけど、なんのことはないアメリカバンザイ。
共産圏との戦いに挑むアフガンに武器供与を実現した
議員の正義感を描いたものだった。
(正しい見方なのかどうかは分からないけれど)
アメリカの正義をばらまくために、戦争の片方にグッと肩入れ。
そんなのウソだと分かっているけれど、その傘の下にいるリアル。
うんざりするんだけど、実際問題はそこに日本がいることは
間違いなくて、映画どころじゃない気持ちになった。
アメリカにもらったバカデカイバズーカでドカンとソ連のヘリコプターを
打ち落として、大喜びするテロリスト。
でも、そんなアメリカの武器がいっぱいあるんだよなあ、この国。
しかも、よっぽどお金かかった武器。
どうなの?そんな国。
と小難しいことを考えてしまったりするよなあ。
でも、アメリカ人は自戒をこめてつくったのかなあ、この映画。
冗談なのかな?
あんなに頑張ったのに、どうして今、こんなことになってしまったのか?
アメリカの正義は守られたはずなのに、世界は意外と変わらないみたいだ。
とか、そんなこと、あるのか?
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