テントのやつは何回か見てて、その度に結構感動する
シルク・ド・ソレイユ。話に聞くラスベガスのやつは
ものすごそうで、もうそりゃあ羨ましい。「O」とか。
常設ってことで、とっても期待していったんだけど。
ん?ん??
なんか装置がテントのやつとさほどスゴさが変わらない。
こっそり床がいくつも変わったりするようなんだけど、
それってすごいの?噂では、床ごとガンガン動いたりするらしいのに。
アメリカだと。
正直、やっている演目は割とみたことある大道芸なので
演出でみていくものだと思うんだけど、
ワイヤーアクションもブラブラしているだけで
あまり3D的な動きもなく、おとなしめ。
脅かしでいえば、オープニングがピークかなあ。
ステージ全面を覆っていた幕がばーっと美しく消え去る。
ただ、これって、東大でお芝居やってたときに駒場でも見た。
アイディアで想像できないところではないし。
歌もバカウマい感じではなく、音響がいまいちなのか、
心に入ってこない。正直、あれだ、オリエンタルランドは
きっとだまされ気味だなあと思った。たくさんお金払って
セカンドベストが来た感じ。まあ、仕方がない。
観光のセットになっているらしく、席は満員。
グッズもものすごく売れていた。ビジネスとしてはいいのか。
これで。
テーマ設定とかは参考にあるので、下記に。
人生は冒険。そこに、 詩 ( うた ) が生まれる。
彼の名は、Zed(ゼッド)。
彼が旅する世界は、天と地。
そこであらゆる生命と、
大いなる女神と、スフィンクスと…
命の躍動に出会います。
さまざまな経験を重ね、
彼自身が成長すると同時に
彼が生きた天と地という
2つの世界がひとつに結ばれます。
彼の経験と彼が生きた世界のすべてが、
心で感じずにはいられないもの。
この叙情あふれる冒険の旅を通じて誰もが人間の、
人生の経験の本質に迫っていくことができるでしょう。
2010年3月4日木曜日
会社のチカラになりきる「山形季央展」@ggg
知らなかったけど、デザイン界の重鎮らしい。
実は、こんな人みたい。
山形季央は、資生堂のアートディレクター、
クリエイティブディレクターとして、
ブランドの立ち上げや、展覧会のアートディレクション、
2005年には資生堂のコーポレーション・メッセージ
「一瞬も一生も美しく」のコピー開発など、
資生堂の広告の中枢を担う活躍をしています。
また、その一方で、ダンスカンパニー山海塾の公演ポスターや、
上田義彦『AMAGATSU』、十文字美信『わび』など
写真集のブックデザインでは、日本の美や身体美にこだわり、
非日常的な他にない美しい世界を表現しています。
なんか不思議な凧みたいな感じの目玉が顔を描いたり
流麗な線が有名な女優をイメージした線だったり
柔らかな感覚がしっとりと感じる展示。
なんかコンセプトのあり方にヨーロッパを感じたのは
なぜなのか?一緒に仕事をしてきた人たちの影響?
日本人に少ない、言葉を尽くす様子がいいなあと。
浮つく程の、あふれる言葉が、沈着して洗練され
シンプルなデザインに落ちていく、そのプロセス。
ぜひとも、そうありたい。
そのシンプルさに隠されるチカラが全然違うもんなあ。
あとは、日本のきれいさとか美しさって
すっきりしたところにあるのかもねえ。
あまり色とかごてごてしない、スッと線を引く、
さっと色をつける、そんな感じ。
実は、こんな人みたい。
山形季央は、資生堂のアートディレクター、
クリエイティブディレクターとして、
ブランドの立ち上げや、展覧会のアートディレクション、
2005年には資生堂のコーポレーション・メッセージ
「一瞬も一生も美しく」のコピー開発など、
資生堂の広告の中枢を担う活躍をしています。
また、その一方で、ダンスカンパニー山海塾の公演ポスターや、
上田義彦『AMAGATSU』、十文字美信『わび』など
写真集のブックデザインでは、日本の美や身体美にこだわり、
非日常的な他にない美しい世界を表現しています。
なんか不思議な凧みたいな感じの目玉が顔を描いたり
流麗な線が有名な女優をイメージした線だったり
柔らかな感覚がしっとりと感じる展示。
なんかコンセプトのあり方にヨーロッパを感じたのは
なぜなのか?一緒に仕事をしてきた人たちの影響?
日本人に少ない、言葉を尽くす様子がいいなあと。
浮つく程の、あふれる言葉が、沈着して洗練され
シンプルなデザインに落ちていく、そのプロセス。
ぜひとも、そうありたい。
そのシンプルさに隠されるチカラが全然違うもんなあ。
あとは、日本のきれいさとか美しさって
すっきりしたところにあるのかもねえ。
あまり色とかごてごてしない、スッと線を引く、
さっと色をつける、そんな感じ。
2010年2月3日水曜日
イメージ戦略「古代ローマ帝国の遺産」@国立西洋美術館
なんかつかみにくいローマとかギリシアとか。
すごい大事な時代なのに、ちゃんと向き合ったことないから
いつもいつもふわっとして終わってしまう。
今回もたぶんかなりふわっとしていて、本当なら
もっともっと感激していいはずの展示かもしれないんだけど
なんだか良さが完全につかみきれない。
なんとはなしに感じたのは、やっぱりちょっとでも
生活が豊かになったなあと誰もが感じることができるのは
偉大なことで、それが統治の決定的な力になってるなあということと
もうひとつは、人心をつかむには、ポジションが大事だということ。
アウグストゥスだって「尊厳なる人」であり「第一人者」であり
イメージとして神々しく、権威のある人として君臨する下地を
ちゃんと作ったんだよねえ。神様に祝福されるイメージ図録なんかも
周到に準備したりなんかして。
あとは、意外と派手で、キャッチーなおうち。
タイルで張ってある屋根が真っ青だったり、
食事をしながらごろごろできる部屋の壁は真っ赤。
(なんでも吐くまで食べるって!
その吐瀉物が流れるようにベッドが斜め!)
それから、その前庭には水色のキレイな泉があり、
大きな樹、色とりどりの花、さらには白い外壁、オレンジの屋根。
まあ、考えてみれば、イタリア。
そのころから、あの太陽が、キャッチーな明るい色を生んだのか
と思うとなんとも感慨深い。
あと思ったのは、細工ものって、アジアはやっぱりすごい。
ローマのみても、全然水準が違う。やっぱり大味なんだよなあ、なんか。
圧倒的に、細密度が違う。だから金細工とかすげえとか思わないのかも。
申し訳ないけど。
すごい大事な時代なのに、ちゃんと向き合ったことないから
いつもいつもふわっとして終わってしまう。
今回もたぶんかなりふわっとしていて、本当なら
もっともっと感激していいはずの展示かもしれないんだけど
なんだか良さが完全につかみきれない。
なんとはなしに感じたのは、やっぱりちょっとでも
生活が豊かになったなあと誰もが感じることができるのは
偉大なことで、それが統治の決定的な力になってるなあということと
もうひとつは、人心をつかむには、ポジションが大事だということ。
アウグストゥスだって「尊厳なる人」であり「第一人者」であり
イメージとして神々しく、権威のある人として君臨する下地を
ちゃんと作ったんだよねえ。神様に祝福されるイメージ図録なんかも
周到に準備したりなんかして。
あとは、意外と派手で、キャッチーなおうち。
タイルで張ってある屋根が真っ青だったり、
食事をしながらごろごろできる部屋の壁は真っ赤。
(なんでも吐くまで食べるって!
その吐瀉物が流れるようにベッドが斜め!)
それから、その前庭には水色のキレイな泉があり、
大きな樹、色とりどりの花、さらには白い外壁、オレンジの屋根。
まあ、考えてみれば、イタリア。
そのころから、あの太陽が、キャッチーな明るい色を生んだのか
と思うとなんとも感慨深い。
あと思ったのは、細工ものって、アジアはやっぱりすごい。
ローマのみても、全然水準が違う。やっぱり大味なんだよなあ、なんか。
圧倒的に、細密度が違う。だから金細工とかすげえとか思わないのかも。
申し訳ないけど。
その旬の刺激「社会派すけべえ/毛皮族」@駅前劇場
ああ、見てしまったという感覚。
旬の時期を生きてしまったあとに訪れる
残酷などうにもならない時代。
きっと10年くらい前は、かなり刺激的だったのだろう。
でも、その刺激に人が慣れ、
その刺激を作り出すことに疲れた人たちが見せる
それはあまりにもしんどく、切なかった。
唄があまりにもヒドい。もともとウマさなんかない。
でも、グルーブは確かにそこにあったはずだった。
その勢いを感じて、気分がよくなったはずだった。
でも、無理に、その覚えている感覚を、リフレインしようと
もがいている風に感じてしまったステージは未完成にしか見えない。
でもなあ、当人たちも分からないんだよねえ、きっと。
どうしたらいいかなんて。
最近、よく思うのは、結局は何を大事にするかをしっかりと
見据えることなんじゃないかということ。
いろいろあるけど、ひとつ残るもの、譲れないものは何か?
唄もうまくなければ。当たり前のようにオッパイが出たりするし、
ドラマは当然、先が見えているか、変なこだわりの紆余曲折か、
そんな案配。
江森さんは、きっと面白いし、パワーもあるんだけど、
それに見合うというか。同じテンションで集団に参加している人が
あまりにも少ないのだろうなあ。
だから、塊として、ぐっとこないのだろうなあ。
現れるのは、結局は、覚悟。
旬の時期を生きてしまったあとに訪れる
残酷などうにもならない時代。
きっと10年くらい前は、かなり刺激的だったのだろう。
でも、その刺激に人が慣れ、
その刺激を作り出すことに疲れた人たちが見せる
それはあまりにもしんどく、切なかった。
唄があまりにもヒドい。もともとウマさなんかない。
でも、グルーブは確かにそこにあったはずだった。
その勢いを感じて、気分がよくなったはずだった。
でも、無理に、その覚えている感覚を、リフレインしようと
もがいている風に感じてしまったステージは未完成にしか見えない。
でもなあ、当人たちも分からないんだよねえ、きっと。
どうしたらいいかなんて。
最近、よく思うのは、結局は何を大事にするかをしっかりと
見据えることなんじゃないかということ。
いろいろあるけど、ひとつ残るもの、譲れないものは何か?
唄もうまくなければ。当たり前のようにオッパイが出たりするし、
ドラマは当然、先が見えているか、変なこだわりの紆余曲折か、
そんな案配。
江森さんは、きっと面白いし、パワーもあるんだけど、
それに見合うというか。同じテンションで集団に参加している人が
あまりにも少ないのだろうなあ。
だから、塊として、ぐっとこないのだろうなあ。
現れるのは、結局は、覚悟。
2009年12月15日火曜日
少しづつ老けて「日本縦断大転生ツアー2009 -ナイン・ライブス-/コンドルズ」@東京グローブ座
なんだろう?と不思議な気持ちになった。
少しづつ老けていくことが、プラスに働くこともあるだろう。
今が一番しんどい時なのかもしれない。こういう集団では。
勢いが緩慢になった感じがして、ギャグがルーティンになる感じも。
残念だけど。
続けることの本当に難しさがあるなあ。
ダンスのアンサンブルの妙みたいな、突然そろっておお!とか
あんな太い人が、一生懸命踊ってるよ!とかそういう類いの
刺激っていうのは見慣れちゃうと切ないほどに強度を失う。
なつかしロックで大盛り上がりっていうのも、もはやきっと
どこでも見慣れた景色だろうし。
あまりにも冷めた自分に、違和感すら覚えた。なんだろう。
なんだろう。
年とったのかなあ。いやだけど、アナーキーを受け入れない感じ?
目は確実に肥えていくけど、こういう刺激モノが生きていくには
何かかっこたる濃厚な、コンセプトとか、想いとかが
必要になってくるのかもなあ、悲しいけど。
圧倒的な美的センスに満ちていれば別なのだろうが。
グッズを必死にロビーで売る役者たちも、もはやシャレになっていない。
その姿がシャレになっているうちがいい時期だったのかもと思った。
学ランでダンス。
そのまま男子のおふざけ。
みたことない感じがなくなったあとの、そこに残る美学ってなんだ?
このダンスシーンは超斬新っていうのがなかったなあ。
少しづつ老けていくことが、プラスに働くこともあるだろう。
今が一番しんどい時なのかもしれない。こういう集団では。
勢いが緩慢になった感じがして、ギャグがルーティンになる感じも。
残念だけど。
続けることの本当に難しさがあるなあ。
ダンスのアンサンブルの妙みたいな、突然そろっておお!とか
あんな太い人が、一生懸命踊ってるよ!とかそういう類いの
刺激っていうのは見慣れちゃうと切ないほどに強度を失う。
なつかしロックで大盛り上がりっていうのも、もはやきっと
どこでも見慣れた景色だろうし。
あまりにも冷めた自分に、違和感すら覚えた。なんだろう。
なんだろう。
年とったのかなあ。いやだけど、アナーキーを受け入れない感じ?
目は確実に肥えていくけど、こういう刺激モノが生きていくには
何かかっこたる濃厚な、コンセプトとか、想いとかが
必要になってくるのかもなあ、悲しいけど。
圧倒的な美的センスに満ちていれば別なのだろうが。
グッズを必死にロビーで売る役者たちも、もはやシャレになっていない。
その姿がシャレになっているうちがいい時期だったのかもと思った。
学ランでダンス。
そのまま男子のおふざけ。
みたことない感じがなくなったあとの、そこに残る美学ってなんだ?
このダンスシーンは超斬新っていうのがなかったなあ。
哲学が支える。「建築家 坂倉準三 モダニズムを住む|住宅、家具、デザイン」@パナソニック電工 汐留ミュージアム
坂倉さんはフランス留学のときにコルビュジェに師事して
その流れをくむっていうことで日本でも大活躍。
国立西洋美術館とかはコルビュジェの右腕としてばりばり活躍、
青山の岡本太郎邸とか不思議な空間感覚とかも
その影響はわかりやすく、高い吹き抜けとかいいなあと思います。
今となっては割と当たり前かもしれない
広い空間に大きな屋根をバーンとはりつけて、
中の壁組で印象をどんどん変化していくのとか
もだーんだったんだろうなとしみじみと。
でも、彼のこんな言葉に、ぶれない軸には意味がある。
哲学があるから頑張れるとも感じたのでした。
「建築家は誰よりも人間に対する
深い愛情をもっていなければいけないですね。
心の底から人間愛をもっていなければならない。
建築家としての素質としてもっとも大切なのは
人間愛をその人がもっているかどうか
ということだと私は思います」
うーむ。フランス。
哲学って、西洋に行って磨かれるのでしょうか?
あとは、事務所の仕事としては、都市計画なんかもあって
西新宿のバスターミナルとかもそうらしく、
その様子を定点のカメラで撮影した映像があって
これが生き物みたいで気持ち悪かった。
止まらない都市眠らない都市というのは
やっぱりうにょうにょと不気味な様子がして
気持ちが落ち着かない。ものだ。
その流れをくむっていうことで日本でも大活躍。
国立西洋美術館とかはコルビュジェの右腕としてばりばり活躍、
青山の岡本太郎邸とか不思議な空間感覚とかも
その影響はわかりやすく、高い吹き抜けとかいいなあと思います。
今となっては割と当たり前かもしれない
広い空間に大きな屋根をバーンとはりつけて、
中の壁組で印象をどんどん変化していくのとか
もだーんだったんだろうなとしみじみと。
でも、彼のこんな言葉に、ぶれない軸には意味がある。
哲学があるから頑張れるとも感じたのでした。
「建築家は誰よりも人間に対する
深い愛情をもっていなければいけないですね。
心の底から人間愛をもっていなければならない。
建築家としての素質としてもっとも大切なのは
人間愛をその人がもっているかどうか
ということだと私は思います」
うーむ。フランス。
哲学って、西洋に行って磨かれるのでしょうか?
あとは、事務所の仕事としては、都市計画なんかもあって
西新宿のバスターミナルとかもそうらしく、
その様子を定点のカメラで撮影した映像があって
これが生き物みたいで気持ち悪かった。
止まらない都市眠らない都市というのは
やっぱりうにょうにょと不気味な様子がして
気持ちが落ち着かない。ものだ。
2009年10月31日土曜日
泣けるっていうけどさ「サマーウォーズ」
泣けはしなかった。
でも、クリエイティブな人たちは好きな人が
すごく多くて、ちょっとはっきりは言えない感じ。
ダメでしたとは。
ネット空間と現実とのあり方をすごくうまく行き来してて
とか言われてたんだけど、そうかあと言う気もして、
むしろ、やっぱり現実の気持ちが浅く思えてしまった。
人間がペラペラな感じ?
どうも、時をかける少女(アニメ版)もそうだったけど、
そんなに人間の気持ちがコロコロ変わりすぎるのが
どうも苦手。芯がない気がしちゃう。
そんなんで、寝返るか?とか。
そんなんで、応援する気になるか?とか。
キーパーソンのおばあちゃんはあっけなく死んじゃうし。
それを乗り越えるきっかけが、事件と密接に関わりすぎてて
引く感じ。そのさじ加減が合わないんだと思う。
思い切りべたな方がまだ、すがすがしい。
ちょっとサブカルなかっこよさ残すんなら、
思い切り魂売り飛ばして欲しい。そう思った。
でも、映画館は満員だし、泣いたと言う大人は多いし。
なにせ知識人の評判がいい。たぶん、あれだ。
安心して褒めることが出来るんだな。
と、少しひねくれて思ったりもした。
でも、クリエイティブな人たちは好きな人が
すごく多くて、ちょっとはっきりは言えない感じ。
ダメでしたとは。
ネット空間と現実とのあり方をすごくうまく行き来してて
とか言われてたんだけど、そうかあと言う気もして、
むしろ、やっぱり現実の気持ちが浅く思えてしまった。
人間がペラペラな感じ?
どうも、時をかける少女(アニメ版)もそうだったけど、
そんなに人間の気持ちがコロコロ変わりすぎるのが
どうも苦手。芯がない気がしちゃう。
そんなんで、寝返るか?とか。
そんなんで、応援する気になるか?とか。
キーパーソンのおばあちゃんはあっけなく死んじゃうし。
それを乗り越えるきっかけが、事件と密接に関わりすぎてて
引く感じ。そのさじ加減が合わないんだと思う。
思い切りべたな方がまだ、すがすがしい。
ちょっとサブカルなかっこよさ残すんなら、
思い切り魂売り飛ばして欲しい。そう思った。
でも、映画館は満員だし、泣いたと言う大人は多いし。
なにせ知識人の評判がいい。たぶん、あれだ。
安心して褒めることが出来るんだな。
と、少しひねくれて思ったりもした。
2009年7月26日日曜日
田舎もんとは思われたくない!「エカテリーナ2世の4大ディナーセット」@東京都庭園美術館
こんな展示。
女帝エカテリーナ2世(1729-1796)の時代、
ロシア宮廷では君主の威厳と崇高さを演出する工夫が
様々に試みられました。
女帝は衣食住にわたって「エルミタージュ・エチケット」
と呼ばれる礼儀作法を厳格に規定し、宮廷儀礼の形成に
大きな影響を与えました。
文化的な成熟度を内外にアピールする場でもあった晩餐会では、
その場を構成する全てがひとつの芸術と見なされ、
料理はもちろん、テーブルセッティングや室内装飾、
列席者の衣装に至るまで、当時最高の質と内容が求められていました。
女帝は特別な招待客のために、西欧各国の王立窯や最新の窯に
特別なディナー・ウェアを発注し、卓上を豪奢かつ華麗に彩らせました。
当時たいへん貴重であった白く輝く磁器を贅沢に使用した晩餐会は、
女帝の財力や権勢を誇示する絶好の機会でもあったからです。
本展では、日本初公開となる
ベルリン王立窯の《ベルリン・デザート・セルヴィス》や、
愛人ポチョムキン公のために注文された
セーヴル窯の《カメオ・セルヴィス》など、
エルミタージュ美術館の所蔵品より
4つのディナー・セットのコレクションを選び、
女帝エカテリーナ2世の生涯と
華麗なる18世紀ロシア宮廷生活をご紹介します。
ひとつひとつに意味があるものっていいなあといつも思う。
ベースの知識があるから理解できるウイットって憧れる。
この食器にトルコ人がいるのは、
トルコ人を支配下にいれたお祝いだからとか
この食器に描かれているのは、憧れていた最先端のイギリスの景色だとか
いちいち生活にストーリーがある美しさ。いいなあ、豊かだなあ。
相手のことをどこまでも思いながら、とにかく田舎もんロシアが
ヨーロッパの国と対等に思ってもらいたくてもらいたくて
恋焦がれて、作っていった食器の数々はよい意味での
怨念がこもっていて、熱をおびていた。
もちろん、やっぱりいもっぽさが残るのは、どうしようもないんだけど。
なんだろう、どうしても、ごてごてしていくんだよねえ。
田舎の都会ナイズは。
引き算ができない。怖くて。
足して足して、まだ足りないと、足していく。都会っぽさを。
で、結果、田舎っぽく戻っていくという滑稽さ。
我が身を思うわ。
あとは、デザインの王道はやはり自然を煮詰めていくことで
今でも残り、きちんと戦うことができているのは、
花を死ぬ程見つめ直したデザインだったりするから面白い。
人間が生み出すことができる想像力の限界ってあるなあ。
自然のなかにしかない無限の線のあり方が生み出す
徹底的な美しさは不思議と心に残る。
庭では、しきりに鳩がキスしてた。あんなに動かずに
いちゃいちゃしてる鳩をはじめて見て驚いた。
女帝エカテリーナ2世(1729-1796)の時代、
ロシア宮廷では君主の威厳と崇高さを演出する工夫が
様々に試みられました。
女帝は衣食住にわたって「エルミタージュ・エチケット」
と呼ばれる礼儀作法を厳格に規定し、宮廷儀礼の形成に
大きな影響を与えました。
文化的な成熟度を内外にアピールする場でもあった晩餐会では、
その場を構成する全てがひとつの芸術と見なされ、
料理はもちろん、テーブルセッティングや室内装飾、
列席者の衣装に至るまで、当時最高の質と内容が求められていました。
女帝は特別な招待客のために、西欧各国の王立窯や最新の窯に
特別なディナー・ウェアを発注し、卓上を豪奢かつ華麗に彩らせました。
当時たいへん貴重であった白く輝く磁器を贅沢に使用した晩餐会は、
女帝の財力や権勢を誇示する絶好の機会でもあったからです。
本展では、日本初公開となる
ベルリン王立窯の《ベルリン・デザート・セルヴィス》や、
愛人ポチョムキン公のために注文された
セーヴル窯の《カメオ・セルヴィス》など、
エルミタージュ美術館の所蔵品より
4つのディナー・セットのコレクションを選び、
女帝エカテリーナ2世の生涯と
華麗なる18世紀ロシア宮廷生活をご紹介します。
ひとつひとつに意味があるものっていいなあといつも思う。
ベースの知識があるから理解できるウイットって憧れる。
この食器にトルコ人がいるのは、
トルコ人を支配下にいれたお祝いだからとか
この食器に描かれているのは、憧れていた最先端のイギリスの景色だとか
いちいち生活にストーリーがある美しさ。いいなあ、豊かだなあ。
相手のことをどこまでも思いながら、とにかく田舎もんロシアが
ヨーロッパの国と対等に思ってもらいたくてもらいたくて
恋焦がれて、作っていった食器の数々はよい意味での
怨念がこもっていて、熱をおびていた。
もちろん、やっぱりいもっぽさが残るのは、どうしようもないんだけど。
なんだろう、どうしても、ごてごてしていくんだよねえ。
田舎の都会ナイズは。
引き算ができない。怖くて。
足して足して、まだ足りないと、足していく。都会っぽさを。
で、結果、田舎っぽく戻っていくという滑稽さ。
我が身を思うわ。
あとは、デザインの王道はやはり自然を煮詰めていくことで
今でも残り、きちんと戦うことができているのは、
花を死ぬ程見つめ直したデザインだったりするから面白い。
人間が生み出すことができる想像力の限界ってあるなあ。
自然のなかにしかない無限の線のあり方が生み出す
徹底的な美しさは不思議と心に残る。
庭では、しきりに鳩がキスしてた。あんなに動かずに
いちゃいちゃしてる鳩をはじめて見て驚いた。
2009年6月19日金曜日
はかりしれない女子力「女たち」@東京オペラシティアートギャラリー
こんな展示
「一人の収集家の視点から」
本展は東京オペラシティコレクションの中から
多様な女性像を展示し、そこから見えてくるものを
浮かび上がらせる試みです。
当館には舟越保武や長谷川潔などの作品をはじめ
多くの女性像が収められていますが、
あらためて女性をモティーフにした作品という切り口で
作品を集めてみると、そこには当コレクションを収集した
寺田小太郎氏の個性が色濃く映し出されていることが
わかるでしょう。
わかる気がした。本当は違うかもしれないけど、
えらく女性に畏怖と尊敬をもっている人だなあと思った。
コレクションの女子がみんな本当にこの世のものとは
思われない怖さ。ほんとぞくぞくする、ほとんどお化け。
男子にははかりしれない神秘的な感じがびっしり。
永遠にわかりえないわなあ、女子の深遠は…
と妙な納得感はあったものの、空間としては落ち着かない。
なんで集めようと思ったのか、まったく謎。
家に置いておいたら、絶対変なものをおびきよせることに
なるってと思わざるを得ない底知れない負のオーラ。
こういう面があるから、人の命を生み出せる機能が
女子には備わっているんだとは思うけど、
ダークな、どろどろとした、血をもてあそぶ、
ある意味では超力強い女子力を全開にして
お届け中でした。まったく落ち着かない。
普通にきらきらぴかぴか可愛い女子が好みな
わたくしとしては、どうにもひかれる作品は見当たらず。
なんだか疲れた展示でした。
でも、好きな人は、本当にずばっとくるんだと思う。
まったくぶれないスタンスはすばらしいなあと感嘆。
拍手。
「一人の収集家の視点から」
本展は東京オペラシティコレクションの中から
多様な女性像を展示し、そこから見えてくるものを
浮かび上がらせる試みです。
当館には舟越保武や長谷川潔などの作品をはじめ
多くの女性像が収められていますが、
あらためて女性をモティーフにした作品という切り口で
作品を集めてみると、そこには当コレクションを収集した
寺田小太郎氏の個性が色濃く映し出されていることが
わかるでしょう。
わかる気がした。本当は違うかもしれないけど、
えらく女性に畏怖と尊敬をもっている人だなあと思った。
コレクションの女子がみんな本当にこの世のものとは
思われない怖さ。ほんとぞくぞくする、ほとんどお化け。
男子にははかりしれない神秘的な感じがびっしり。
永遠にわかりえないわなあ、女子の深遠は…
と妙な納得感はあったものの、空間としては落ち着かない。
なんで集めようと思ったのか、まったく謎。
家に置いておいたら、絶対変なものをおびきよせることに
なるってと思わざるを得ない底知れない負のオーラ。
こういう面があるから、人の命を生み出せる機能が
女子には備わっているんだとは思うけど、
ダークな、どろどろとした、血をもてあそぶ、
ある意味では超力強い女子力を全開にして
お届け中でした。まったく落ち着かない。
普通にきらきらぴかぴか可愛い女子が好みな
わたくしとしては、どうにもひかれる作品は見当たらず。
なんだか疲れた展示でした。
でも、好きな人は、本当にずばっとくるんだと思う。
まったくぶれないスタンスはすばらしいなあと感嘆。
拍手。
何も予想外のことはなく「ブッシュ」
まあ、とにかく微妙なそっくりさんショーで
だったら思い切りコメディにしてくれた方が
よかったなあというのが正直なところ。
すごい裏側を暴き立てるでもなく、
誰でもなんとなく透けて見えるブッシュさんの
懐の甘さをきれいにまとめてお届けした映画。
日本だったらテレビの再現になっちゃうような感じで
大スクリーンで見るには、ちょっとどうかと。
知らないこととか別にないし、たぶん選挙戦とのからみで
見ることができたアメリカだと違うんだろうが
そんなものとはまるで関係のない日本で見た
自分としては、うむ、どうしたらよいのかという雰囲気の
ある意味でははっきりとしたプロパガンダ映画。
英語がもっとわかれば、たぶん相槌とかいちいちくだらない
タイミングで「そうだなあ」とか「いいねえ」とか
「それでいっちゃお!」言ってそうで、しかも
そのライトな感じは字幕からは走者一掃されていてガッカリ。
そんな扱いかと思ったのは、ライスさん。
完全なブッシュのイエスマンで、いちいち「いいわねえ」
「そうよね」「わかるわー」といったおばさんリアクション。
横にベッタリ張り付いて歩いてて、こんなシーンばっかりだっけ?
とちょっと恣意的なものをね。感じました。
だったら思い切りコメディにしてくれた方が
よかったなあというのが正直なところ。
すごい裏側を暴き立てるでもなく、
誰でもなんとなく透けて見えるブッシュさんの
懐の甘さをきれいにまとめてお届けした映画。
日本だったらテレビの再現になっちゃうような感じで
大スクリーンで見るには、ちょっとどうかと。
知らないこととか別にないし、たぶん選挙戦とのからみで
見ることができたアメリカだと違うんだろうが
そんなものとはまるで関係のない日本で見た
自分としては、うむ、どうしたらよいのかという雰囲気の
ある意味でははっきりとしたプロパガンダ映画。
英語がもっとわかれば、たぶん相槌とかいちいちくだらない
タイミングで「そうだなあ」とか「いいねえ」とか
「それでいっちゃお!」言ってそうで、しかも
そのライトな感じは字幕からは走者一掃されていてガッカリ。
そんな扱いかと思ったのは、ライスさん。
完全なブッシュのイエスマンで、いちいち「いいわねえ」
「そうよね」「わかるわー」といったおばさんリアクション。
横にベッタリ張り付いて歩いてて、こんなシーンばっかりだっけ?
とちょっと恣意的なものをね。感じました。
2009年6月14日日曜日
体温のなさとクール「東恩納裕一展」@美術画廊X
ギャルソンにある蛍光灯で出来たシャンデリアとかで
ちょこっと知ってただけなんだけど、固めていくつか
作品を見ることができて、はじめて概観した。
写真にしても、ペイントにしても、まあとにかく体温がない。
これは、喜んでいるのか?病んでいるのか?泣いているのか?
感情がまったく透けてみえない。不思議なもので。
だからかもしれないが、ちょっとやそっとのことでは
ぐらつかないぞというクールさにもつながる気がする。
今までかっこいいと思ったことなかったんだけど、
はじめてシャンデリアは欲しいと思ってしまった。
ただ、美しいと気持ちが落ち着くものはなく、
やっぱり現代のこの居心地の悪さを肌感覚に訴えて
再現すらしていこうという意味で、
すごくうまいものなのだろうと思う。
何一つ、気持ちが落ち着くものがないっていうのは
素晴らしく骨が折れることで、
しかも美しいという縛りがあったら
たぶん落としどころは、どうしようもないほど
難しいに違いなくて、ご飯のたべるのは大変だろう。
生きるためには仕事にならないといけない。
忘れられない。忘れない。
ちょこっと知ってただけなんだけど、固めていくつか
作品を見ることができて、はじめて概観した。
写真にしても、ペイントにしても、まあとにかく体温がない。
これは、喜んでいるのか?病んでいるのか?泣いているのか?
感情がまったく透けてみえない。不思議なもので。
だからかもしれないが、ちょっとやそっとのことでは
ぐらつかないぞというクールさにもつながる気がする。
今までかっこいいと思ったことなかったんだけど、
はじめてシャンデリアは欲しいと思ってしまった。
ただ、美しいと気持ちが落ち着くものはなく、
やっぱり現代のこの居心地の悪さを肌感覚に訴えて
再現すらしていこうという意味で、
すごくうまいものなのだろうと思う。
何一つ、気持ちが落ち着くものがないっていうのは
素晴らしく骨が折れることで、
しかも美しいという縛りがあったら
たぶん落としどころは、どうしようもないほど
難しいに違いなくて、ご飯のたべるのは大変だろう。
生きるためには仕事にならないといけない。
忘れられない。忘れない。
設定がすべて「パラドックス13/東野圭吾」
なんか宇宙規模のすごいことが起こるんだけど
結局、最後まで宇宙規模である意味があまりない。
とにかく人間がいなくなった東京をさまようんだけど
意外と予想外のこととか起こらないものだなあと
淡々と読み進めてしまった。
ウソみたいに谷あり山ありの難所になる都心とか
洪水が起こったときに湖のような
池が行く手をはばんだりとか
人間の力で塗り固められた世界が
すごいしっぺ返しを食らうんだけど、まあ予想の範囲内。
聞いたことあることとか見た事あることとか
どこかで聞いたことのあるシミュレーションの中を
動く人間の想いとか業とかが読めるといいなあと
思っていたんだけど、そうもならず。
東野圭吾もののドンデン返しは、ここでそれいる?
みたいなことが割りと多いだけど、今回も再び。
だからこそ、この人が描く気持ちみたいなものの
ある意味のピュアさとかが好きなんだけど、
ハイパーSFすぎて、人間くささがどんどん減ってしまったのが
残念な感じだった。連載って毎回ヒット打つの難しいのね。
結局、最後まで宇宙規模である意味があまりない。
とにかく人間がいなくなった東京をさまようんだけど
意外と予想外のこととか起こらないものだなあと
淡々と読み進めてしまった。
ウソみたいに谷あり山ありの難所になる都心とか
洪水が起こったときに湖のような
池が行く手をはばんだりとか
人間の力で塗り固められた世界が
すごいしっぺ返しを食らうんだけど、まあ予想の範囲内。
聞いたことあることとか見た事あることとか
どこかで聞いたことのあるシミュレーションの中を
動く人間の想いとか業とかが読めるといいなあと
思っていたんだけど、そうもならず。
東野圭吾もののドンデン返しは、ここでそれいる?
みたいなことが割りと多いだけど、今回も再び。
だからこそ、この人が描く気持ちみたいなものの
ある意味のピュアさとかが好きなんだけど、
ハイパーSFすぎて、人間くささがどんどん減ってしまったのが
残念な感じだった。連載って毎回ヒット打つの難しいのね。
2009年5月29日金曜日
埋め合わせるもの「青山娼館/小池真理子」
高級とはいえ、身体を売る商売には変わらない。
でも、それで埋められるキモチをいうものもあると
きっと描きたくて、この小説は書かれたと思う。
思うんだけど、なんか悲劇を背負ってないと、
その商売にいかないという時代じゃないのが
どうにもひっかかる。肌を、身体を開くことで
満たされることがあるのは分かる。
でも、そんなに重たい重たい話ばかりではないのも
事実で、登場人物がいちいち深い悲しみを
背負っているから、この商売に身を賭してよいのだ
みたいな変なステレオタイプが、心にグサッと
入ってこなかったのが残念だ。
中で書かれている、金持ちたちの異常セックス描写が
本当にふるっていて、究極はもはや性器と性器の
ふれあいは遠く先のもので、それなしでいかに
感じきるかみたいなチャレンジになっていくのだなあと
妙な納得をしてしまった。
バスローブ着せて、そのまま風呂入らせて、
そこにバラを次々に投げ込んで、
裸を見えなくして(というか裸も見えてないんだけど)
それをみながらオナニーするという、どんな世界だ?
いったいぜんたい。
でも、それで埋められるキモチをいうものもあると
きっと描きたくて、この小説は書かれたと思う。
思うんだけど、なんか悲劇を背負ってないと、
その商売にいかないという時代じゃないのが
どうにもひっかかる。肌を、身体を開くことで
満たされることがあるのは分かる。
でも、そんなに重たい重たい話ばかりではないのも
事実で、登場人物がいちいち深い悲しみを
背負っているから、この商売に身を賭してよいのだ
みたいな変なステレオタイプが、心にグサッと
入ってこなかったのが残念だ。
中で書かれている、金持ちたちの異常セックス描写が
本当にふるっていて、究極はもはや性器と性器の
ふれあいは遠く先のもので、それなしでいかに
感じきるかみたいなチャレンジになっていくのだなあと
妙な納得をしてしまった。
バスローブ着せて、そのまま風呂入らせて、
そこにバラを次々に投げ込んで、
裸を見えなくして(というか裸も見えてないんだけど)
それをみながらオナニーするという、どんな世界だ?
いったいぜんたい。
2009年4月14日火曜日
もてる集客「ルズバンズ/うそつき」@王子小劇場
もう随分、東大系の駒場小空間から
足が遠ざかっているんだけど、たぶんこのへんが
ぎりぎり知ってる「ひょっとこ乱舞」のスピンオフもの。
小人数でおしゃべりするお芝居。
人間性が薄いのかなあ、なんか心にこない。
いいお話なんだけどね、いろんな意味でよく出来てる。
それぞれの生き様を知るわけじゃないけど
やっぱり人の心に何かを突き刺すためには
かなりの荒い人生が必要なんじゃないかとこのごろ思う。
この人いいなあと思うと、変な意味でロクな生き方をしていない。
変な意味じゃなくてではなく、変な意味で。
頭がいい生き方しちゃうと、もう、ダメなんだなあ。
心にひっかからない。傷が残らない。
異常な数のモノを見ると、もう何もかもがどこかで見た既視感があって
あとはそこから、なにが突飛なものなのかをあぶり出す感じで
切ないけれど、もうそこは人間力の勝負で、
タレント芝居に客が入るのも、なんとなく欠けた人が
当たり前のように出てくる保険なんだと最近思う。
別に有名人みたいっていうだけでもないよなあと。
あとは、客席がもてない。これは永遠のテーマだなあ。
もてる客席にするには、何が必要なんだろう?
デートにあれでは誘えない。なんかセンス悪いみたいになっちゃう。
難しい。
足が遠ざかっているんだけど、たぶんこのへんが
ぎりぎり知ってる「ひょっとこ乱舞」のスピンオフもの。
小人数でおしゃべりするお芝居。
人間性が薄いのかなあ、なんか心にこない。
いいお話なんだけどね、いろんな意味でよく出来てる。
それぞれの生き様を知るわけじゃないけど
やっぱり人の心に何かを突き刺すためには
かなりの荒い人生が必要なんじゃないかとこのごろ思う。
この人いいなあと思うと、変な意味でロクな生き方をしていない。
変な意味じゃなくてではなく、変な意味で。
頭がいい生き方しちゃうと、もう、ダメなんだなあ。
心にひっかからない。傷が残らない。
異常な数のモノを見ると、もう何もかもがどこかで見た既視感があって
あとはそこから、なにが突飛なものなのかをあぶり出す感じで
切ないけれど、もうそこは人間力の勝負で、
タレント芝居に客が入るのも、なんとなく欠けた人が
当たり前のように出てくる保険なんだと最近思う。
別に有名人みたいっていうだけでもないよなあと。
あとは、客席がもてない。これは永遠のテーマだなあ。
もてる客席にするには、何が必要なんだろう?
デートにあれでは誘えない。なんかセンス悪いみたいになっちゃう。
難しい。
2009年4月5日日曜日
クラクラしたい「ジム・ランビー展」@原美術館
もっとはるかにめまいがするほどに
空間をゆがめてほしかったんだけど
割とシックに、原美術館にはまる感じで
描かれる床の抽象模様たち。
カラフルでサイケデリックなものばかりが
印象に残る人なので、それこそがロック!みたいな
生き様な人なので、ちょっと日本に飲み込まれた?
その景色は浮世絵の海のようで、波間から見える
岩のように、コンクリートでつくられた立方体が
床に転がっている。
よくみると、そのコンクリートブロックには
LPレコードが一緒に封じ込められていて、
その曲のラインアップでもっと世界がひろがるかと
思ってアルバムのタイトルを必死に見たんだけど
その関連性も発見できず。残念。
あれはきっと色あいとかだけで
決められているんじゃないのか?
そうじゃないほうが、はるかにグッとくるのに。
音を想像するだけで、その空間にその音が鳴った様を
考えるだけで、そこにある様が大きく変われば
ぞくっとするんだけどなあ。
なんか、美術館に触発された世界観が
ありきたりすぎちゃって、ちょっとだけがっかりした。
期待感がありすぎたな。
空間をゆがめてほしかったんだけど
割とシックに、原美術館にはまる感じで
描かれる床の抽象模様たち。
カラフルでサイケデリックなものばかりが
印象に残る人なので、それこそがロック!みたいな
生き様な人なので、ちょっと日本に飲み込まれた?
その景色は浮世絵の海のようで、波間から見える
岩のように、コンクリートでつくられた立方体が
床に転がっている。
よくみると、そのコンクリートブロックには
LPレコードが一緒に封じ込められていて、
その曲のラインアップでもっと世界がひろがるかと
思ってアルバムのタイトルを必死に見たんだけど
その関連性も発見できず。残念。
あれはきっと色あいとかだけで
決められているんじゃないのか?
そうじゃないほうが、はるかにグッとくるのに。
音を想像するだけで、その空間にその音が鳴った様を
考えるだけで、そこにある様が大きく変われば
ぞくっとするんだけどなあ。
なんか、美術館に触発された世界観が
ありきたりすぎちゃって、ちょっとだけがっかりした。
期待感がありすぎたな。
2009年3月6日金曜日
アンシンメトリー「ハルフウエイ」
若い男の子で
もてる髪はアンシンメトリーで3Dな感じなのね。
と改めて思ったこの作品。北川悦吏子脚本&監督。
といいつつ、裏で岩井俊二がロケーションも画角も
きっと決めているに違いないと勘づく作品。
プロデューサーらしいんだけど、矢面に立たず戦う術だな。
北海道が舞台なんだけど、もう完全に画が多摩川で
地方を知らんなあとつくづく思う。根が都会。
なんか川べりの抜けがよすぎるんだな。
地方の川べりは、ミスチルのPVみたいにすがすがしくなんか
ないのだ、絶対に。
もっとどうしようもないじとっとした感じがそこにあるんだなあ。
でも、あれは地方出身じゃないと分からない
抜け出せない様相なのよ。
びっくりするくらい途中で終わるからハルフウエイなのか?
ハーフウエイをハルフウエイと間違える受験勉強のシーンに
ちょっとくだらない怒りを覚える。まあ、軽く。
ひたすらに彼氏にからむ北乃きいが思いのほかよい。
なんか適当で、フラフラしてて、でも不良じゃなくて。
その温度、今だなあと。
もてる髪はアンシンメトリーで3Dな感じなのね。
と改めて思ったこの作品。北川悦吏子脚本&監督。
といいつつ、裏で岩井俊二がロケーションも画角も
きっと決めているに違いないと勘づく作品。
プロデューサーらしいんだけど、矢面に立たず戦う術だな。
北海道が舞台なんだけど、もう完全に画が多摩川で
地方を知らんなあとつくづく思う。根が都会。
なんか川べりの抜けがよすぎるんだな。
地方の川べりは、ミスチルのPVみたいにすがすがしくなんか
ないのだ、絶対に。
もっとどうしようもないじとっとした感じがそこにあるんだなあ。
でも、あれは地方出身じゃないと分からない
抜け出せない様相なのよ。
びっくりするくらい途中で終わるからハルフウエイなのか?
ハーフウエイをハルフウエイと間違える受験勉強のシーンに
ちょっとくだらない怒りを覚える。まあ、軽く。
ひたすらに彼氏にからむ北乃きいが思いのほかよい。
なんか適当で、フラフラしてて、でも不良じゃなくて。
その温度、今だなあと。
2009年2月11日水曜日
大丈夫じゃない力「大丈夫であるように〜cocco終わらない旅」
編集の怖さばかりを感じる仕上がり。
明らかに見て取れる作為とドキュメントに見せる力量に
やらせとか分からなくする意味ではこういう仕上がりの方が
よっぽど罪だと思う。バラエティ番組のやらせなんか甘い。
人格が神格化されていて居心地が悪い。そんなにいいことばっかな
はずがないじゃんと思ってたら、最後の最後に「拒食症で入院」って
それで今までのコントロールされてきた世界にリアルを持ち込もうって
ずるすぎねえかと妙に感心したりした。手法としてはすごい。
ずるいけど。
女子が勝手に世界背負う感じは巫女さんとかのシャーマンが
昔からその代表でいて、魔女なんかもその類で、生命の源に触れている分
その力にリアリティがあるんだろうなあと思う。
今のロックミュージシャンって、人を自分の言葉で熱狂させて、
そこに音楽がついていて、常人には理解されにくい格好をしていてと
今までの歴史における神がかる人の姿をよく表しているらしい。
その力を利用してお金をもうける感じのことも、ある意味宗教団体と
変わらない、後ろにいる大人たちの気配。
ピュアには泣けない、そんな感じ。
なにせcoccoはやせ過ぎで、かすかに映る唇の震えがリアルに
やばかった。
明らかに見て取れる作為とドキュメントに見せる力量に
やらせとか分からなくする意味ではこういう仕上がりの方が
よっぽど罪だと思う。バラエティ番組のやらせなんか甘い。
人格が神格化されていて居心地が悪い。そんなにいいことばっかな
はずがないじゃんと思ってたら、最後の最後に「拒食症で入院」って
それで今までのコントロールされてきた世界にリアルを持ち込もうって
ずるすぎねえかと妙に感心したりした。手法としてはすごい。
ずるいけど。
女子が勝手に世界背負う感じは巫女さんとかのシャーマンが
昔からその代表でいて、魔女なんかもその類で、生命の源に触れている分
その力にリアリティがあるんだろうなあと思う。
今のロックミュージシャンって、人を自分の言葉で熱狂させて、
そこに音楽がついていて、常人には理解されにくい格好をしていてと
今までの歴史における神がかる人の姿をよく表しているらしい。
その力を利用してお金をもうける感じのことも、ある意味宗教団体と
変わらない、後ろにいる大人たちの気配。
ピュアには泣けない、そんな感じ。
なにせcoccoはやせ過ぎで、かすかに映る唇の震えがリアルに
やばかった。
2009年2月4日水曜日
消えていく時間「シセイドウアートエッグ/宮永愛子展」@資生堂ギャラリー
こんな個展。
宮永愛子は、衣服や靴などの日用品をナフタリンでかたどり、
次第に昇華し形を失っていく様子を見せる作品や、
糸に川や海から抽出した塩の結晶を育てた作品など、
時間の経過をイメージさせながら、儚くうつろうかたちを持つがゆえに、
鑑賞者の記憶へと深く刻み込まれていく作品を制作しています。
本展では、かつて銀座周辺に50以上も存在していたといわれる
井戸と湧水に着目したインスタレーション作品を発表します。
地下にあるギャラリー会場内に、
いくつもの水脈をつくり出し、そこに小さな島々を浮かべ、
それらを「地上に向かって放つ」ことにより、
銀座の持つ歴史と記憶を呼び起こします。
写真見た時はもっとグッとくると思って
期待してたんだけど、いまいちだった。
消えていく時間を、リアルに感じたいんだけど
ひとつひとつのモノが小さすぎたのか?
すれて小さく欠けていく様がもうひとつ迫ってこない。
あとは、水脈っていうのも期待したんだけど
パイプが天井から降りているだけで
そこに水の気配は感じないし、水脈のリアルさもない。
やはり、何かしらのモノを支えるリアルは
どうしても欲しくなる。それがないなあと。
リアルな遺跡の、風化の様を越えていく
時間の流れをアートの中に見たかったなあと思い
贅沢な望みをしていたことを反省した。
ナフタレンが昇華して、アクリルにこびりつく
キラキラした結晶は非常にキレイだったんだけど
そこは、人の手を離れた自然だった。
うまく自然を本当に利用できて、アートに引き込む技。
それが必要だ。
宮永愛子は、衣服や靴などの日用品をナフタリンでかたどり、
次第に昇華し形を失っていく様子を見せる作品や、
糸に川や海から抽出した塩の結晶を育てた作品など、
時間の経過をイメージさせながら、儚くうつろうかたちを持つがゆえに、
鑑賞者の記憶へと深く刻み込まれていく作品を制作しています。
本展では、かつて銀座周辺に50以上も存在していたといわれる
井戸と湧水に着目したインスタレーション作品を発表します。
地下にあるギャラリー会場内に、
いくつもの水脈をつくり出し、そこに小さな島々を浮かべ、
それらを「地上に向かって放つ」ことにより、
銀座の持つ歴史と記憶を呼び起こします。
写真見た時はもっとグッとくると思って
期待してたんだけど、いまいちだった。
消えていく時間を、リアルに感じたいんだけど
ひとつひとつのモノが小さすぎたのか?
すれて小さく欠けていく様がもうひとつ迫ってこない。
あとは、水脈っていうのも期待したんだけど
パイプが天井から降りているだけで
そこに水の気配は感じないし、水脈のリアルさもない。
やはり、何かしらのモノを支えるリアルは
どうしても欲しくなる。それがないなあと。
リアルな遺跡の、風化の様を越えていく
時間の流れをアートの中に見たかったなあと思い
贅沢な望みをしていたことを反省した。
ナフタレンが昇華して、アクリルにこびりつく
キラキラした結晶は非常にキレイだったんだけど
そこは、人の手を離れた自然だった。
うまく自然を本当に利用できて、アートに引き込む技。
それが必要だ。
2009年1月8日木曜日
ちゃんとすること「ハンサム☆スーツ」
見た感想としてはちゃんとしてるということ。
映画としてちゃんとしてるというよりも
鈴木おさむさんがちゃんと生きているなあと。
何を大事にしてるかがハッキリと分かることが
モノからにじみ出ることの素晴らしさは
最近何ものにも代え難いと思う。
それがよきにせよ、悪しきにせよ。そう思う。
「生き様」が何も見えない仕事はやはりさみしい。
残念と以前は思っていたんだけど、最近はさみしいよそれはと
思うようになってきた。不思議なことに。
こねたも全体のギミックも味わいひとつひとつが
その人そのものであることの素晴らしさはすがすがしい。
その人を知っているからこその楽しみ方で、
こういうモノの楽しみ方って学生演劇の時代はいつもそうだったと
変な思い出し方もして、タイムトリップだった。
北川景子が、こんなにかわいく撮れているものを
動画ではじめてみて、度肝を抜かれた。あまりにも。
ポテンシャル高すぎ。
すばらしくかわいいから要注意。
映画としてちゃんとしてるというよりも
鈴木おさむさんがちゃんと生きているなあと。
何を大事にしてるかがハッキリと分かることが
モノからにじみ出ることの素晴らしさは
最近何ものにも代え難いと思う。
それがよきにせよ、悪しきにせよ。そう思う。
「生き様」が何も見えない仕事はやはりさみしい。
残念と以前は思っていたんだけど、最近はさみしいよそれはと
思うようになってきた。不思議なことに。
こねたも全体のギミックも味わいひとつひとつが
その人そのものであることの素晴らしさはすがすがしい。
その人を知っているからこその楽しみ方で、
こういうモノの楽しみ方って学生演劇の時代はいつもそうだったと
変な思い出し方もして、タイムトリップだった。
北川景子が、こんなにかわいく撮れているものを
動画ではじめてみて、度肝を抜かれた。あまりにも。
ポテンシャル高すぎ。
すばらしくかわいいから要注意。
2008年12月22日月曜日
つながること「琳波から日本画へ」@山種美術館
日本画の世界で世襲とかではなく
時代をジャンプして現れる「琳波」の系譜。
「琳波」なんかじゃないと言い切る画家もいつつ
脳裏にしみこんでいくスタイルとかがあることは
絵の世界のいいところだなあと思う。
映像の世界だとどうなるんだろうか?
これから100年とか200年が過ぎていく中で
その映像のスタイルはどの部分が残ってどの部分が消えていき
またどの部分が突然よみがえってくるんだろう?
そもそもテレビの世界って、もっと古典研究とかが
なされてもいいのかもしれないなあとか思ったりした。
昔のモノをぱくるとかじゃなくて、ちゃんと向き合う
過去の偉大なソフトたちを。ムダにしてるんじゃなかろうか?
あとは季節を描いてきた様々なテーマを
日本に住むくせに、ものすごい失い方してるなあと
今回見た菱田春草の月シリーズで思った。断然よかった。
色とか派手じゃなくて、しみいる季節。草たち。じわりな光。
ひとつひとつの季節や唄などのテーマのあり方とか
戦後に失った教養ってものすごいものがあるなあと。
まあ、自分だけかもしれないけど。
ああいう絵のバックにある物語は、戦前の人々は楽しめたんだろうか?
最近、考えてしまう。
菱田春草 月四題
福田平八郎 筍/すすき/桐双雀/彩秋
速水御舟 名樹散椿
東山魁夷 満ち来る潮
時代をジャンプして現れる「琳波」の系譜。
「琳波」なんかじゃないと言い切る画家もいつつ
脳裏にしみこんでいくスタイルとかがあることは
絵の世界のいいところだなあと思う。
映像の世界だとどうなるんだろうか?
これから100年とか200年が過ぎていく中で
その映像のスタイルはどの部分が残ってどの部分が消えていき
またどの部分が突然よみがえってくるんだろう?
そもそもテレビの世界って、もっと古典研究とかが
なされてもいいのかもしれないなあとか思ったりした。
昔のモノをぱくるとかじゃなくて、ちゃんと向き合う
過去の偉大なソフトたちを。ムダにしてるんじゃなかろうか?
あとは季節を描いてきた様々なテーマを
日本に住むくせに、ものすごい失い方してるなあと
今回見た菱田春草の月シリーズで思った。断然よかった。
色とか派手じゃなくて、しみいる季節。草たち。じわりな光。
ひとつひとつの季節や唄などのテーマのあり方とか
戦後に失った教養ってものすごいものがあるなあと。
まあ、自分だけかもしれないけど。
ああいう絵のバックにある物語は、戦前の人々は楽しめたんだろうか?
最近、考えてしまう。
菱田春草 月四題
福田平八郎 筍/すすき/桐双雀/彩秋
速水御舟 名樹散椿
東山魁夷 満ち来る潮
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