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2009年7月9日木曜日

思い出したのだった「春のめざめ/劇団四季」@自由劇場

オフブロードウエイからブロードウエイへ

かけあがった話題作。春のめざめ。

ということで、まあ、これは「問題作」とも

いわれているので、見ておかなくてはと行きました。

劇団四季。春のめざめ。

だが…思い出した。これは、本当に単なるというのも

変だけど、いわゆるいわゆるミュージカル。

ライオンキングとかマンマ・ミーアとかは、

まだ逃げ場があったけど、これは本当に向こうのやつを

そのまま日本語に訳したミュージカル。

突然歌いだす、なんか歌詞も字余りみたいな、あれだ。

苦手だったのだ。思い出した。

なんか日本語になるとリズムも崩れちゃうし、意味も恥ずかしい。

歌いはじめた瞬間に、アレルギーが悲しいかな、再発。

絶対、英語版はかっこいいと思う。舞台の使い方とかは

すさまじくセンスよかったし、話のつくりも超現代的。

ネオン管と赤電球と照明の組み合わせとか

ちょっとぞくっとする仕上がりだった。

ただ、日本語ミュージカルの恥ずかしいとこが全快。

テーマもきっと、そういうがでやすいんだよなあ。

性とか思春期の問題をガチンコで扱っている作品だから

スラングみたいな言葉も出てきているんだろうし。

それを変に日本語の汚い言葉にかえると、ちょっと違う。

日本のそういう汚い言葉ってスタイリッシュというよりも

面白くなっちゃうんだよなあ。

あとは許せないのは劇場スタッフたち。

チケット売る姉ちゃんはまるで笑顔もなく、むしろ不機嫌。

最初に接する人がぶすっとしてたら、せっかくウキウキで

行ってもがっかりですわ。

あとは、観客席を見張るスタッフがいて、

ちょっと姿勢を崩していると、注意される。

そんな、見えるだろ。ちょっと姿勢崩したところで後ろの人。

そもそもあまり面白くなくて、ぐたっとしてるんだし。

四季、今回は相当がっかりした。

あとで知ったんだけど、題材が題材なので若手が多く

起用されているらしい。それもあるのか?クオリティ低下。

2009年6月14日日曜日

せっかく、その空間にいるのに「6+アントワープ・ファッション展」@東京オペラシティアートギャラリー

ベルギーが戦略的にファッション業界の中心に

なろうとして、その目論見どおり有望な若手たちが

次々に生まれる様はエキサイティング。本当に。

日本も国を挙げて、何に取り組んでいるのか分かるほうが

数多くの人が幸せになれる気がする。

どっちに向かうのかをしっかりと見据えることの大事さ。

というコンセプトには惹かれたのに。

足運んだのに、トルソーとDVDだけって、どうなの?

ファッションショー見に行ったほうが、ずっとぐっと来る。

3Dで展開されているショーがある以上、

美術館でやることの意味をもっともっと考えて欲しい。

そういう意味では美術館だって、メディアのひとつなわけで

そこに来る人たちが何を望んで、そこでしか見れないものを

見に来ているのかをしっかりと感じてほしかった。

学生の課題で面白いのは、一年目はスカート&ドレスで実験的な服、

二年目は歴史衣装を、三年目は民族衣装を、四年目は自由という構成。

歴史と民族をちゃんとやることは、意外とどのジャンルをやるのでも

役立つ考え方だろうなあとしんと思った。

ショーのDVDをどさどさ見せられても、テレビを見に来ているわけじゃない。

身体がそこにいる、空間を感じに行っているのに。

2009年6月3日水曜日

見るものだれもが「チェ・ジョンファ OK!」@十和田市現代美術館

アーティストである必要とかないと思っちゃう。

断然きれいなものをぶっちぎりで作る特権階級が

アーティストであってほしい。

同じ土俵なんかに立っても、ろくなことはない。

プラスティックカゴでタワーを作ったりとか

ビニール人形をアートだと固めて置いたりとか

どこにでもあるテレビに単色をばきっとはめて

出したりだとか、いろいろ生活の周りのものを

即座にアートに!みたいなものを見せられるんだけど

まあ、ひとことでいえば、ちっともきれいじゃない。

というか、日本人には結構当たり前なのかも。

日常がキッチュであることって。

外国の方々には特殊に見える、やたらに毒々しい

プラスティックの色とかもなじんじゃってるからなあ。

普段の生活のなかで。

あとは、商店街の中にも、ウオーリーを探せみたいに

この人のアートが隠れていて、街全部アートを目指す…

感じなんだけど、正直せつない。

目に入るシーンがまったくコントロールできてなくって

圧倒的に日常の品物が景色の中で勝ちまくるという事態。

本当は、そこだけ花が咲いたようになって

さびれた感じの商店街でも、ぱっと明るくなればいいんだけど

逆に飲み込まれて、寂しさが引き立つという結果に。

うむむ。どうにもならないなあ。仕方ない。

地方の商店街の強烈なオーラを再確認した十和田だった。

2009年5月19日火曜日

おっぱい不足「おっぱいバレー」

何はともあれ、おっぱいが不足しているだろう。

綾瀬はるかさん。

いくらなんでも露出なさすぎだろうと、がっかりする。

生徒が沸きあがるキモチにシンクロできないよ。

このおっぱい具合では。

はじめて生徒たちの前に出るところも

かわいい先生ではあるものの、

ちょっとHな先生感はまったくなく、

だからこそ妄想できるのだという向きもあるだろうが

中学生ってそういうもんじゃないだろうと。

もっと直接的だろうと。エロの感じ方が。

最初くらい、ちょっと薄手の、バストを感じるもので

なければ、どうにもならないのではと思ってしまう。

ヤッターマンの深田恭子もラフの長澤まさみも

そこらへんは映画のニーズわかって、ちゃんと

こなしてきたはずなのに、なぜ守る、綾瀬はるか。

そして、本当に感情の機微が薄い役で、

表情に動きをつけるのが難しい脚本だったのだけれど

もうその難しさに完全に置いていかれて

うむむという感じだった。どの瞬間も3つくらいは

別々なキモチがあるからなあ。

ただし、かわいいという意味では最近の

綾瀬はるかは本当に神がかっていて、

もう手に負えないほどにかわいいから

それを愛でる意味ではちゃんとしてる映画だ。

2009年4月16日木曜日

やりとりの面白さって「罪とか罰とか」

ケラの監督作。どのくらいアングルとかの決め方まで

関わっているのか分からないけれど、

ホンは面白いに違いないと思うシーンは結構あって

どこ見てもいい舞台ならもっとゆるく笑いになったのに・・・

と映像になるときのやりとりを表現することの難しさを思う。

もうカット割った時点でなにもかもが分かっちゃうから

そこでこんなこと言っちゃう?

この状況で、そんなことする?

的な意外な展開というような部分がばれていっちゃう惜しさ。

見ないと気づかないんだよなあ、客観的な部分って。

あとはシチュエーションが変わっているのに

その変なセットが作りきれていないのは切ない。

なら、普通のシーンでやっても十分面白かったと思うのに

不思議な署長室みたいなのとか結構悲しい追いつかなさが

あらわになっていて、つらめだった。

成海璃子はちゃんとしてるなあ、コメディもできそうで、

もっともっとはつらつとしてくるととたんにいいと思う。

まだまだしっとりタッチで収まっているので。

2009年4月9日木曜日

ハワイでうまい飯「ホノカア・ボーイ」

もう、そんなものでだまされない。

と思ったんだけど、結構女性がどっと入ってて驚く。

まだまだここなんだな、本当は・・・と反省。

フジテレビのオオバコ映画以外のミニシアター路線。

なんだろう?いい意味でも悪い意味でも隠せないバブル世代。

外国を特別に見て、癒されちゃうハワイに的な考え。

そんなこともないと思うんだけど、日本でも外国でも敷居がない。

おいしいご飯は高山みなみさんらしい。

おいしいご飯をありがたがって見るのも

できれば勘弁して欲しい。もうそれはテレビでいいじゃないか。

お金払ったら、おいしそうなご飯とかよりも違うものがみたい。

正直な話、ご飯はごまかしだろう。そこそこのお金で撮れるし。

ハワイの日本人老人コミュニティに若者が交わる・・・

うーん。どうにもこのまったりについていけない。

みんな、変な癒しにはまってる気がする。

無毒なものは逆に危ないと思うんだけど、精神衛生上。

2009年3月12日木曜日

自分の命を投げ打って「7つのおくりもの」

この話は、なんだろう?ハートウオームな話なのか?

そもそもプライベートを様々な形でチェックされて

品定めされたうえで、ある贈り物をされるというシステムというか

主人公の思いつきもどうなんだろう?

まあ、書いちゃうと、

自分の命を投げ打って、他の人に自分の身体をあげるんだけど

勝手によくわからない人にあげるのも嫌だから

身元調査を自分自身でやって、自分のお眼鏡にかなった人にだけ

臓器をあげるという、なんともなんともな話。

しかも、自殺して。

しかも、その動機が自分が運転ミスをして婚約者を殺してしまったから。

どうなの?背負わないで、そんな人生を歩もうとする感じ。

あと、相手を徹底的に調査するっていうのも微妙。

どれだけ偉いんだと。人間を値踏みするのって、どうなんだ?

なんか気分の悪い話だった。

2009年1月27日火曜日

残酷だ「ゾウを食べるには一日一口ずつ」坂知夏@パルコファクトリー

女子が本気で女子であることは、

子供を産んでしまって質が変わるとしたら

あまりにも残酷だ。だけど、もうつらい様子だった。

絵がちっともキラキラしない。

何かに不安がる女子が、必死に輝く東京ガールズの念が

こういう類の人の絵に乗り移っていたんだろう。

明らかに何かしらを、手に入れてしまったあとの

どうしようもなく力が分散していく様子は

絵からするすると光が失われていって、

そこにとどまるパステルは、もうルーティンで、きっと

彼女の目にはもうそんな色には染まっていないであろうことは

明らかなんだと思う。

残酷だ。

村上隆はがんばって受胎告知と描いたけれど、

そんなものはどこにもないし、無理がある。

自分の子供を手に入れて、自分の手の中で大事に大事にしている人が

受胎告知なんか描けるはずがないんだ。どうしたって。

人生、全部まとめてみんな100。どこで幸せ使うかだみたいなのって

妙に芯がある話で悲しいなあ。

2008年5月25日日曜日

これはプロモーション勝ち「靖国」

正直、言うほど芯も食ってない気がした。

日本人は知ってるけど語らないだけだからなあ、靖国とか。

というレベルの話で、なんだか外国の人に

日本人は野蛮だ。。。みたいなことを言いふらしたい感じの

変なプロパガンダ映画だった。

おいかけてくれたから撮れた映像というのもさしてなくて

がっかり。そうか、俺、見事にプロモーションにかかったなあ。

結構、客も入ってたし。入ればいいんだよなあ、所詮。

でも、きちんとこういう映画があることが世間に知れて

しかもメディアが罰せられることもないという国は

むしろ健全で、それを大事にすべきだと強く思った。

編集とかちょっと知ってると、どのくらい素材があって

どのくらい必死にやってて、どのくらい本気かって

すぐ分かっちゃうからなあ。そういう意味では非常に浅い。

がっかりしました。もっともっとがんばれる。

大きいこと言うなら、がんばってほしい。ドキュメンタリーだからって

あんな程度じゃ普通許されない。

2008年5月6日火曜日

核なしエッジなし柴咲あり「少林少女」

なんだか、フニャフニャだ。余裕なのか分からないけど

本当に楽しませてやるっていう気迫が感じられない。

こんな風なの、お客さん好きでしょ、みたいな

たかくくった感じがイライラする。

もっともっとガッチリと楽しませるために

徹底的に頭を使ってほしい。身体も使ってほしい。

なんか全部、妥協というか打算というか

そんなものに満ちている。もうあがってしまったか。

本広さん。

それでも、柴咲コウは可愛いし、

どうやらやっぱりあの手の顔には弱いらしく

まるで眠ることなく見ることができる。

そういう一点だけで、眠気にも打ち勝つ自分が

どうなんだろう?ほんと面白くても寝ちゃうのに。

宣伝したら、入るのかなあ、こんな映画でも。

筋とか無茶苦茶だし、画撮りも支離滅裂だけどねえ。

なめエンターテインメントです。

2008年4月21日月曜日

面白そうでも・・・「どん底」@コクーン

久々に、9割近くはあの世いき。

もったいない。相当盛り上がっていたのに。

なんか、テンション高く、人が人をののしっていたのに。

そして、独白していたのに。

セットチェンジもなんだかすごくて、

屋根が地面に早変わり!したりしたのに。

何も書くことができない程、ぐっすり。

しかも、開演にも間に合わず。20分くらい遅れた。

最悪だ。

ただ、ロシアものは本当に展開しないし、

人のあり方の描き方が神妙で、シックだ。

劇的であることを拒否するかのように、

人が囲まれた環境をじっくりと演じ上げる。

そして、そんなキャラクターが大勢出ることで

はじめて世界が立ち上がってくる。

のだけれど、寝てしまってるから

その瞬間はまるで、見ることができずにいた。

2008年4月14日月曜日

場のストーリー「川俣正/通路」@MOT

今回の展覧会にあたり、
新しいプロジェクトとして実施されるのは、
美術館を"通路"にすることです。
"通路"は場所と場所との中間領域や敷居、あるいは迂回路でもあり、
接触領域(コンタクトゾーン)でもあります。
通常は「貯蔵庫」「展示」といった機能が前面に出される美術館を、
人々が行き交う"通路"としてみなすことで
どのようにその空間や機能を変容させるのでしょうか?

こんな試みで、アートが世界との接し方を

様々に見せてくれる、はずなんだけど。

なんだろう?

そこには、本当に何もなくて驚いた。からっぽ。

常設展の中でやるべきネタじゃなかったのかなあ。

美術館が本当のハコでしかない瞬間って

美術に関わっていない人しか見ないもの。

それって美術館の機能じゃないでしょ。

作品との出会い方とか飾られ方とかに場の決まりがあって

そこに新しく通路を作れば、全然、違ったと思うけど。

空っぽで何もないとこ、ふらふら歩いても

結局なんでもない。本当に景色もなにもない散歩。

自分と向き合うしかない。中で継続的に進んでいる企画が

またひどい。なんか適当。場を埋める機能もない。

ちゃんと作り上げることを放棄した場がだらだらと続く。

悲惨だ。

過去の様々なプロジェクトでうまくいっているのは

やはり、しっかりとした場のストーリーがある場所に

何かをぶつけることができている時だと思えた。

もっと歴史のある、やっかいな美術館でできたら

本当に革命的だと思うけど。

現代美術に親和性のあるハコだと、なんの面白さもない。

2008年1月20日日曜日

思春期「Little DJ 小さな恋の物語」

思春期とか成長期の役者さんの

ピュアなお芝居というのは難しい。

それを越えて、青春な時代に入れば

なんだか吹っ切れたように再び「ピュア」が

わき出してくるのだけれど。

このお話の主演は神木隆之介、福田麻由子の2人だけれど

そんなピュアエネルギー切れなエアポケットを感じる。

何読んだって斜に構えちゃう。

大人の都合いいように振る舞うこともできなくなっちゃう。

そんな時期もあるもんだし。

なので、泣かそう、そしてきっと泣けるはずな話も

なぜかまったく心に届いてこず。

こちらの心のコンディションの問題かもしれないが。

いちいち空振りする泣かす展開が

ずるずると滑っていくと、見てるの恥ずかしくなってきて、

いけない。いけない。

いいお話なのにと罪悪感すら漂うのだ。

にしても、広末の人生に迷う役よりも

バカみたいにポップにはじけた

ムダに可愛い芝居が見て見たい。そんな彼女が見たい。

とつくづく思う。私生活のせいか、くすんだ役多すぎ。

2008年1月4日金曜日

おしまい「オッホ/欲々しいの」@TOPS

最近の青春プレイバック路線。

オッホを見に行く。なんか名前かわるらしい。

「熱帯」というんだって。

青春プレイバックで、西くんが駒場を「ブラジル」と

呼んだことを思い出す。変なループ。

なんか、音とか照明とか、すっかり取り残された感じ。

悲しかった。終わっていくことの切ない感じ。

なんか新しいとこに踏み出せない感じ。

昔は、ここが一番流行だったというところから

脱皮して脱皮して脱皮し続けないといけないのか?

エンターテインメントと苦しくなった。

びっくりするくらい面白くなく、よくできてるのに

心を打たない。なんだろ?これは?

なんか世の中とむやみやたらに交わらないと

こういうことになるのかしら?と無駄に怖くなる。

中身よりもそういうスタンス?

的なものにぐらぐらとした。

人の気持ちというのを捉まえるには

いったい何が肝になったりするんだろう?

時代のうねりとかの残酷さをひしひしと感じてしまう。