2009年12月15日火曜日

ブームから生まれるブーム「1Q84/村上春樹」

売れに売れて、読んでいる人ばかりで、

それでもやっぱり気になって、読んでみたら、面白い。

ブームといってはなんだけど、新興宗教のあり方とか

人がバラバラと自分の人生だけに責任を持つ感じとか

殺すといくことが割とさらっと起こっていくとことか

財産を持つということが、世間の目に見えにくくなっているとことか

マッサージが重要なところとか

仕事と人生があまりにも残酷にリンクしていくところとか

その仕事が割と自分で選べてしまうところとか

ウソみたいな現実が、すぐ隣に音もせずあるところとか

それなりに小さな仕事にもプライドを持って生きているとことか

大きな権力を持つことが大きなあきらめにつながるとことか

天然な子が不思議なことを見通しているとことか

女子が世の中の軸を動かしているという裏のこととか

とかとか

ブームを読んで読んで、そこから確かに今の時代に

書かれた小説であるということをしっかりと感じることができて

で、ちゃんとブームを生んじゃうすごさ。

感心した。

見続けること「ハリーポッターと謎のプリンス」

なんか、もう面白いとか面白くないとか

超越し始めているハリーポッター。

普通に成長していく主人公たちのリアルライフも

同じように思春期を通り過ぎ、なんだか恋の揺らぎも

使命感とか運命とかへの抗いも見事に画面に焼き付いていて

本当に楽しめる。

ハーマイオニーは相変わらずポッターに気持ちを

伝えず、その嫉妬っぷりはいい感じにイライラ。

可愛くなった可愛くなった、エマ・ワトソン。

リアルライフも賢くて、よいなあ、こういう同時進行。

やらなくちゃいけないことが決まっている若者たちが

その事態そのものにいらだちとか迷いとか感じるのは

役者たちがこのシリーズを全うしなくちゃいけないことにも

重なって、ムダに思い入れてしまう。

ダンブルドアの圧倒的な力に老いを感じ始めるあたりも

人生の憂いがあって、深い時間の流れがぐっとくる。

どんどんトーンが暗くなるシリーズ。

果たして、どす黒い結末は、映画でどのように描かれるのか?

楽しみだ。

2009年10月31日土曜日

泣けるっていうけどさ「サマーウォーズ」

泣けはしなかった。

でも、クリエイティブな人たちは好きな人が

すごく多くて、ちょっとはっきりは言えない感じ。

ダメでしたとは。

ネット空間と現実とのあり方をすごくうまく行き来してて

とか言われてたんだけど、そうかあと言う気もして、

むしろ、やっぱり現実の気持ちが浅く思えてしまった。

人間がペラペラな感じ?

どうも、時をかける少女(アニメ版)もそうだったけど、

そんなに人間の気持ちがコロコロ変わりすぎるのが

どうも苦手。芯がない気がしちゃう。

そんなんで、寝返るか?とか。

そんなんで、応援する気になるか?とか。

キーパーソンのおばあちゃんはあっけなく死んじゃうし。

それを乗り越えるきっかけが、事件と密接に関わりすぎてて

引く感じ。そのさじ加減が合わないんだと思う。

思い切りべたな方がまだ、すがすがしい。

ちょっとサブカルなかっこよさ残すんなら、

思い切り魂売り飛ばして欲しい。そう思った。

でも、映画館は満員だし、泣いたと言う大人は多いし。

なにせ知識人の評判がいい。たぶん、あれだ。

安心して褒めることが出来るんだな。

と、少しひねくれて思ったりもした。

個人の持ち物?「ベネッセハウス/ミュージアム棟」@直島

基本的に個人の持ち物と考えると

ものすごい事になっている直島。

まあ、会社が持っているんだけど

実際は福武さんの考えひとつで進んでいく。

いやあ、お金があるってすごい。

なんか、こういう住まいと

一緒になっている建物に来ると、

一段とすごさを感じるなあ。

こんな景色の中に、こんな作品を置きたいなあとか

作ってもらいたいなあとか、そんな妄想の中で

世の中と関わることが出来るなんて、素晴らしすぎる。

どうしても、シマ次郎とかと結びつかないんだけどねえ。

あれを生み出しておきながら、文化事業で

こういうことを押し進める理念もある。

よく生きるって難しい。

作品的にはぐっときたのは、ブルース・ナウマンの

100生きて死ねという作品。

ネオンで100個のフレーズがあって、歌ってから死ねとか

食べてから死ねとかが明滅するというやつ。

コンクリートの無機的な空間にじんわりと光る

ネオンが直島という場所でたたずんでいると

ああ、命って明滅してるんだなあと感傷的になったりする。

都会だと、これもまた違うんだろう。感じ方が。

あとは、そこここにある、須田悦弘の野草。

コンクリートの割れ目にそっと生えている。

目立ちたいのか?目立ちたくないのか?分からないけど

とにかく、しっかりと生えているように見える。

完全な石から活き活きと緑が生えているのは不思議。

さらに、リチャード・ロングの十五夜の石の円。

見える海といつかに作られた岩がまるく人の手で

並べられるだけで妙に悠久の時を感じる。

場所の力ってあるなあ。

2009年10月26日月曜日

モノは言い様「南寺/安藤忠雄&ジェームス・タレル」@直島

もともとお寺があった場所に

土地の記憶を失わない形でアートを収める

ハコをつくるというコンセプトで

新しい建物はドカンとある。

ただ、全く土地の記憶がそこから読み取れない。

なんだか、えらそうな感じ。寺って人の気持ちが見えないと。

安藤ですって感じと、そこそこで儲けちゃえみたいな感じと。

あとは、外側が杉かなんかの焼板で作られていて

それは瀬戸内では昔はあった手法なんだそうだけど

あまりねえ、生きていない気が。どうだ?とこれ見よがし。

権力が見えてくるなら、思い切りゴージャスにしてと思う。

庶民のふりとかいらない。

ものすごい雨が降っていて、屋根も雨どいなどなく、

スパッと切り取られていて、すごいリズムで雨だれが起こっていて、

その音は本当に神さまを感じるようなものだった。

雨の音をあんなに心にしみて感じたことはない。

ジェームス・タレルの「Backside of the Moon」という作品が

中にあるんだけど、真っ暗真っ暗の中で目がなれてくると、

ぼんやりと切り取られた世界が見えてきて、

影の中にも光があることを感じることが出来る仕掛け。

哲学だなあ、言い様だなあ。これは。

美しいかといえば、そんなことはないだけど、

確かに体感したことはない感覚で、ありがたい感じがしてしまう。

でも、なあ、微妙。

2009年10月22日木曜日

本当に神様はいるぞ「護王神社/杉本博司」@直島

江戸時代から祀られている本村という集落の

神社が老朽化したため、杉本博司が設計。

なんかまだまだ白木で新しく、そこに神様?って

感じだったんだけど、いやいや、むしろだからこそ

神様の居場所としてありがたいのだ、と後で思う。

考えてみれば、伊勢神宮とかもいつもいつもフレッシュ。

古いものに神様があるという考え方もあれば、

神様を祀るからこそ、新しくてキレイでよいという

考え方もある。なんか切り立ての樹だから妙に生気があって、

ある意味生々しい。どろっとした妖気。

本殿と地下にある石室をつなぐガラス階段は、

外にいた神様がやすらぐために、石室に入ることが

出来るかのように浮かび上がる。

すごいなあ、ロマンだなあ。神話だなあ。

石室の石とかも、本当に力がある。まさにパワーストーン。

どっかから超巨大な石を運んできて、くりぬいたらしい。

神社の床下にある、そんな石室に、入れるという

ふとどきな企画なのだけれど、細い細いコンクリートトンネルを

抜けると、真っ暗な中に透明な階段を透けて漏れる外明かりが

石室をぼんやりと照らす。そこは神様の居場所。まさに。

なんか、たくさん、たくさん、願った。

これは叶うと思った、リアルに神様を感じた。

で、出るときに、再び驚き。さっきのトンネルが額縁になり

海だけが切り取られている。まさに、リアル海景。

それは、神様の生きた?時代とまったく変わらない景色。

人と切り離された、けがれない世界。

神秘体験をさせていただいた。すさまじい現代アート。

タブーとかないのな。それで体験できるのが本当によい。

2009年10月18日日曜日

人が住む気配に刻まれる時間「角屋/宮島達男」@直島

当日は豪雨。もう雨雨雨。ザーッと音がすごい。

街中でアート作品をみつけて入る直島。

ほんと突然に出てくるし、町並みに潜んでいる。

素晴らしい。

見つけた古民家に入ると、家の居間に暗い暗いプールが。

その水のなかに沈む、例の1〜9までのデジタルカウンター。

島民の人が、そのテンポをそれぞれに決めたらしい。

めちゃくちゃ早いものから、めちゃくちゃ遅いものまで。

宮島さんの作品って、すごいグッとくる時と

そうじゃない時が激しいんだけど、やっぱりなんとなく

時間軸を人間が分かりやすく感じる時に気持ちに入る。

なんかこの日は雨の音が妙に今の時間を際立たせていて

その今の時間と、今までに刻んできている歴史的な時間を感じた。

しみた。

あとは、たまに水面がゆらりと揺れるのね。意図せずに。

それが、また、人をくらりと翻弄するようで、

命をグラリと揺さぶるようで、普段は見えない時の流れを

意識することが出来た。

生活に潜ませるアート作品は、心に効く。