よていらん
うまるあけるの
はてしなさ
2008年7月14日月曜日
2008年7月13日日曜日
ノリを失わない「JUNO/ジュノ」
すがすがしい映画だった。どこまでも。
映画じたいは、高校生が妊娠しちゃうってことなんだけど
それをじめじめ描かない。現実に突き進む。説教とかない。
そうなのよ。
中絶とかより、妊娠ポップ。逆に養子とかあるから、今の世の中で
よかったじゃないって、そうだよ、そうだよと。
主人公の周りの人の描き方が、巧妙なのにリアル。
深刻ぶらずに、いい軽さで、人生と向き合い、
関係し、前に進んでいく。
ダイアローグが優れている映画だった。
高校生で妊娠したって、軽口たたけ!
相当厳しくったって、適当にボケまくれ。
へなへなしてるくらいなら、テキパキしてみる。
とにかく、相手に本気でぶつかれ。まっすぐ喋れ。
いろんな活き活き喋りに励まされながら、とにかく前に。
進んでいく強さ、軽やかさ、優しさ。
でも、やっぱり人間は傷ついてて、そこがきゅんともくる。
よかった。
映画じたいは、高校生が妊娠しちゃうってことなんだけど
それをじめじめ描かない。現実に突き進む。説教とかない。
そうなのよ。
中絶とかより、妊娠ポップ。逆に養子とかあるから、今の世の中で
よかったじゃないって、そうだよ、そうだよと。
主人公の周りの人の描き方が、巧妙なのにリアル。
深刻ぶらずに、いい軽さで、人生と向き合い、
関係し、前に進んでいく。
ダイアローグが優れている映画だった。
高校生で妊娠したって、軽口たたけ!
相当厳しくったって、適当にボケまくれ。
へなへなしてるくらいなら、テキパキしてみる。
とにかく、相手に本気でぶつかれ。まっすぐ喋れ。
いろんな活き活き喋りに励まされながら、とにかく前に。
進んでいく強さ、軽やかさ、優しさ。
でも、やっぱり人間は傷ついてて、そこがきゅんともくる。
よかった。
2008年7月12日土曜日
わずかだけど「ぐるりのこと。」
間違いなく厳しいことが、誰の人生にも起こるよなあ。
そして、それを乗り越えることに何一つミラクルなんて
起こらずに、ただただ淡々と毎日を越えていくしかない。
辛い現実を、決して劇的でない現実を、ジワジワと描く
そんな作品。
本当に、相手の背中をそっと触ることが、人生を動かす
微力な力になることを、そんなことを、
映画の中で知るような気がする。
まあ、そんなシーンはないんだけど。
大逆転とか一気に畳み掛けるように何かが起こるとか
ないない、そんなことないない。
そうなんだ、ないんだ、何も起こらないから、
今日も続いていってしまうんだ。
木村多江とリリー・フランキーって、絶妙の華加減。
あれ以上、どうだ!選ばれし人だぞ!ってオーラが出てもダメ、
かといって、全く素人でも難しい。絶妙さだった。
そして、それを乗り越えることに何一つミラクルなんて
起こらずに、ただただ淡々と毎日を越えていくしかない。
辛い現実を、決して劇的でない現実を、ジワジワと描く
そんな作品。
本当に、相手の背中をそっと触ることが、人生を動かす
微力な力になることを、そんなことを、
映画の中で知るような気がする。
まあ、そんなシーンはないんだけど。
大逆転とか一気に畳み掛けるように何かが起こるとか
ないない、そんなことないない。
そうなんだ、ないんだ、何も起こらないから、
今日も続いていってしまうんだ。
木村多江とリリー・フランキーって、絶妙の華加減。
あれ以上、どうだ!選ばれし人だぞ!ってオーラが出てもダメ、
かといって、全く素人でも難しい。絶妙さだった。
今なら泣ける「夕/東京セレソンDX」@シアターサンモール
懐かしい感じがして、なんだろうと考えたら
これは、間違いなくキャラメルボックスのそれだった。
筋書きのあるドラマ。意外性よりもベタ。まっすぐに青春。
だいぶ前にキャラメルボックスをみて
どうしようなくうんざりしてしまい、かっこ悪いと感じた日から
もう十年近くが経っていて、今回、この東京セレソンを見たら、
まあ、泣ける。泣ける。
そして、泣けるとか笑えるということが
どんなにか大切なことなのかが身にしみて今さらながらに分かる。
満員の客席だもの。
やっぱりせっかく見るなら、何か心を動かされたいんだろう。
美よりも心。アートよりハート。
読み取れ、感じろ、という舞台もあれば、
優しく手を差し伸べてくれる舞台もある。
そんなことをひしひしと感じてしまった。
疲れた毎日には、懇切丁寧なリフレッシュが必要だ。
あのころ、キャラメルボックスで泣けなかったのに
今やセレソンDXで泣ける。やっぱり大きく何か変わったのだろう。
にしても、やっぱりまだまだベタは肩身狭いんだろうなあ。
演劇さんの中では・・・。
しっかりとこういうの認められる懐があればいいのに。
これは、間違いなくキャラメルボックスのそれだった。
筋書きのあるドラマ。意外性よりもベタ。まっすぐに青春。
だいぶ前にキャラメルボックスをみて
どうしようなくうんざりしてしまい、かっこ悪いと感じた日から
もう十年近くが経っていて、今回、この東京セレソンを見たら、
まあ、泣ける。泣ける。
そして、泣けるとか笑えるということが
どんなにか大切なことなのかが身にしみて今さらながらに分かる。
満員の客席だもの。
やっぱりせっかく見るなら、何か心を動かされたいんだろう。
美よりも心。アートよりハート。
読み取れ、感じろ、という舞台もあれば、
優しく手を差し伸べてくれる舞台もある。
そんなことをひしひしと感じてしまった。
疲れた毎日には、懇切丁寧なリフレッシュが必要だ。
あのころ、キャラメルボックスで泣けなかったのに
今やセレソンDXで泣ける。やっぱり大きく何か変わったのだろう。
にしても、やっぱりまだまだベタは肩身狭いんだろうなあ。
演劇さんの中では・・・。
しっかりとこういうの認められる懐があればいいのに。
登録:
投稿 (Atom)


