「断面の世代」っていうのは、束芋さんの造語で
まさに1970年代、自分の含まれる年代のことを
指しているらしい。当然、「団塊の世代」とも関係してくる。
本人によれば、以下のような感じ。
団塊の世代の方々は、
太巻きの中の玉子焼きやかんぴょうといった、
それぞれが具の1個1個なんです。
私たちの世代も、同じ目標として太巻きになることを
目指しているのですが、個人としてはすべての要素を持っている
太巻きを切り分けたときにできる断面のようなもの。
一応全て持ち合わせているので何でもできるって
思い込んでいるんだけど、よく自分自身を見てみると
薄っぺらい二次元の断面でしかない。
集まればいちおうは三次元の太巻きになれるんだけど、
それぞれがいろんな形、色々な大きさをしているから、
いびつな太巻きになるかもしれない。
逆に団塊の世代は、それぞれが玉子焼きだったり
かんぴょうだったりキュウリだったりして個性的だから、
てんでバラバラになりかねない。
だけど、その多様な具をまとめる米だとか海苔だとかっていう
リーダー的な存在がいれば、ひとつの太巻きになれる、
みたいなイメージです
※横浜美術館/国立国際美術館『束芋:断面の世代』より引用
横浜美術館の吹き抜け全体を使って、団地の様子が映し出されていて
入った瞬間に居心地が悪くざわざわする。
本当にこの人の作品は、触感がある。抵抗感。
神経症みたいな筆致がもぞもぞと動いて絶望的な世界に
移り変わっていくアニメーションは、本当に暗く美しい。
確かにキレイだ。
ワンルームがきたなく汚れ、タンスから無数のゴミが散り、
血が流れ、人の身体がバラバラになろうとも、
世界は必ず美しさを持って立ち現れる。不思議。
骨が水面から顔を出すと、花を咲かせるやつとか
女の髪でいっぱいになったスクリーンをかき分けると
そこに日常の渋滞する交差点があったりとか
キレイに整わない日常の中に確かに「生」があるのは
みごたえたっぷり。
それにしても、この人のキャリアは本当にすごい。
うらやましいほどの、前人未到。あやかりたい。
長野に住んでいるあたりも、いけてる。
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