ねるねるね
どこのスーツも
ここににげ
2008年10月7日火曜日
激やせ「百万円と苦虫女」
蒼井優の激やせっぷりばかりが脳裏に残る。
もうね、棒なの。身体とか腕が。ああいうのがいいという、
憧れちゃう女子がどのくらいいるんだろう?
女子は痛々しいとか思わないんだろうかなあ。
あとは、森山未来がちゃりんこ乗って、本気で走るんだけど、
もうまるっきり、セカチューなのだ。まんま。
どうしても、ああいう感じが似合うのか?
走らせたい、ちゃりんこ乗らせたいと思ってしまうのか。
なんだろうなあ。
脚本の端々に男子には理解できない、たぶん女子ギャグっぽい、
ギャグであろうものが、転がっていた。
女子って意外と薄味だよなあ、自分がギャグやると。
刑務所出ると、シャバダバシャバだ〜って歌うんだけど、
これは笑うとこなのか?女子ギャグよ。
ふとしたセックスへのハードルの低さがリアルで
いろんな女子たちの体験談の数々が
頭をかけめぐって、フィクションの中での恋愛話のほとんどが
作りすぎていることを思い知らされた。
もうね、棒なの。身体とか腕が。ああいうのがいいという、
憧れちゃう女子がどのくらいいるんだろう?
女子は痛々しいとか思わないんだろうかなあ。
あとは、森山未来がちゃりんこ乗って、本気で走るんだけど、
もうまるっきり、セカチューなのだ。まんま。
どうしても、ああいう感じが似合うのか?
走らせたい、ちゃりんこ乗らせたいと思ってしまうのか。
なんだろうなあ。
脚本の端々に男子には理解できない、たぶん女子ギャグっぽい、
ギャグであろうものが、転がっていた。
女子って意外と薄味だよなあ、自分がギャグやると。
刑務所出ると、シャバダバシャバだ〜って歌うんだけど、
これは笑うとこなのか?女子ギャグよ。
ふとしたセックスへのハードルの低さがリアルで
いろんな女子たちの体験談の数々が
頭をかけめぐって、フィクションの中での恋愛話のほとんどが
作りすぎていることを思い知らされた。
2008年10月5日日曜日
どこに響くか?「ひらかなくてもよい〜泉鏡花・天守物語/collol」@アサヒアートスクエア
感情が動くという類のお芝居と
圧倒的に美しいという類のパフォーマンスがあって
なんとか生活を潤して欲しいなあと思う場合、
考えさせる以上に何かしら働きかけて欲しいけれど
こちらがひたすらに問い続けないといけない類の
エンゲキが小劇場とか中劇場にはあって
そんな類の出し物だった。大学時代のほぼ同期の
エンゲキさんの公演。ちゃんと観たの、実ははじめてだった。
そういうジャンルと手を放って、コントばっかりやってたから
当たり前なんだけど、10年も経つと、随分依って経つ
ステージが違いすぎて、いいわるいの判断がしがたい。
もうこれは、世界が違う。ジャンルが違う。
彼らはたぶん自分たちのほんのわずかでも作り上げた
美しさの断片とか感動のかけらを観てもらいたいのだろう。
伝えるというよりは、観てもらいたいのだろう。
伝えることの訓練を積むのと、それは大きく違ったんだと
今更ながら痛感する。そうか、コミュニケーションではないんだなと。
泉鏡花の言葉がドルビーサラウンドみたいに
空間に舞うんだけど、身体の動きが邪魔をするからなあ、残念。
捨てるもん捨てないと、何も残らないんだろう。
あと、愛を演じるなら、もっともっと思い切りぐっちゃりするか
まるでからっとするかしないと、ひいてしまう。
そういう意味で芸能人のリミッターの外れ方はすごいんだなあと
気づいた。こういう異世界で自分のいる世界は気づかされる。
あの人たち、ほんとに一瞬ほれ合うからなあ。
あとは力を抜くのが一番難しいのは、ここでも一緒で、
まるで、そこは、つらかった。抜いたふりするのは簡単だけど。
みんな奥田民生とか高田純次にはなれないんだ。
圧倒的に美しいという類のパフォーマンスがあって
なんとか生活を潤して欲しいなあと思う場合、
考えさせる以上に何かしら働きかけて欲しいけれど
こちらがひたすらに問い続けないといけない類の
エンゲキが小劇場とか中劇場にはあって
そんな類の出し物だった。大学時代のほぼ同期の
エンゲキさんの公演。ちゃんと観たの、実ははじめてだった。
そういうジャンルと手を放って、コントばっかりやってたから
当たり前なんだけど、10年も経つと、随分依って経つ
ステージが違いすぎて、いいわるいの判断がしがたい。
もうこれは、世界が違う。ジャンルが違う。
彼らはたぶん自分たちのほんのわずかでも作り上げた
美しさの断片とか感動のかけらを観てもらいたいのだろう。
伝えるというよりは、観てもらいたいのだろう。
伝えることの訓練を積むのと、それは大きく違ったんだと
今更ながら痛感する。そうか、コミュニケーションではないんだなと。
泉鏡花の言葉がドルビーサラウンドみたいに
空間に舞うんだけど、身体の動きが邪魔をするからなあ、残念。
捨てるもん捨てないと、何も残らないんだろう。
あと、愛を演じるなら、もっともっと思い切りぐっちゃりするか
まるでからっとするかしないと、ひいてしまう。
そういう意味で芸能人のリミッターの外れ方はすごいんだなあと
気づいた。こういう異世界で自分のいる世界は気づかされる。
あの人たち、ほんとに一瞬ほれ合うからなあ。
あとは力を抜くのが一番難しいのは、ここでも一緒で、
まるで、そこは、つらかった。抜いたふりするのは簡単だけど。
みんな奥田民生とか高田純次にはなれないんだ。
2008年10月3日金曜日
広末涼子がえろいこと「おくりびと」
まあ、本当は泣ける映画で、
グッとくるんだなあ、納棺師の人を看取ることの
潔い美しさがどうにも。
所作とかが徹底的に決まっているものの持つ
ムダをそぎ落としたギリギリした緊張感が
妙に心に残像を残してキレイにおさまる。
茶道とか能とか、そっちの類の音のしない「美」。
死との向かい合い方とか、どうしようもなく
訪れるものをきちんと受け入れていくことが
なかなか今の時代ではナチュラルでないこととか、
親の死に水を執ることの、人生がもう一度
ぶり返してくる感じとか、ひとつひとつ
気持ちは入っていくのだけれど。
どうして、広末涼子はあんなに生々しい感じを
手に入れたのか?と思うほどによろしかった。
えろいのな。
そして、本物っぽいのな。姿たたずまいが。
女子な感じ。
なんだろうなあ、あれは。いろんなバックグラウンドも
あるんだけど、間違いなく彼女の中にも何かが起こった
ような気がする、数年のいろいろで。
力の抜き方が、異常に、何かの憑いたような感じ。
男子を食い尽くすような雰囲気のふにゃふにゃした
にこりと笑う美女妖怪。
竹内結子も戻ってきたが、この人も戻ってきたっぽい。
グッとくるんだなあ、納棺師の人を看取ることの
潔い美しさがどうにも。
所作とかが徹底的に決まっているものの持つ
ムダをそぎ落としたギリギリした緊張感が
妙に心に残像を残してキレイにおさまる。
茶道とか能とか、そっちの類の音のしない「美」。
死との向かい合い方とか、どうしようもなく
訪れるものをきちんと受け入れていくことが
なかなか今の時代ではナチュラルでないこととか、
親の死に水を執ることの、人生がもう一度
ぶり返してくる感じとか、ひとつひとつ
気持ちは入っていくのだけれど。
どうして、広末涼子はあんなに生々しい感じを
手に入れたのか?と思うほどによろしかった。
えろいのな。
そして、本物っぽいのな。姿たたずまいが。
女子な感じ。
なんだろうなあ、あれは。いろんなバックグラウンドも
あるんだけど、間違いなく彼女の中にも何かが起こった
ような気がする、数年のいろいろで。
力の抜き方が、異常に、何かの憑いたような感じ。
男子を食い尽くすような雰囲気のふにゃふにゃした
にこりと笑う美女妖怪。
竹内結子も戻ってきたが、この人も戻ってきたっぽい。
登録:
投稿 (Atom)



