2009年6月19日金曜日

神がかり榮倉奈々「余命1カ月の花嫁」

もともと、かなり好きなんだけど、榮倉奈々。

にしても、まあすごい。神がかり。

棒読みなとこもあるんだけど、そこすら、

今の若い子ってこういうしゃべりの子いるなあと

思わせてしまうなりきり具合。

目線の揺らぎ方とかふと立ち止まる瞬間とかの

按配がほんとうに絶妙で、順撮りにしたらしい現場の

作戦がびたりとはまった見事な若者おお化けムービー。

たまにあるんだよなあ、こういうポテンシャルを全部

使い切った感じに仕上がる、若者キャスト映画。

中身はドキュメンタリーでもおなじみで

タイトルもそのものずばりなので、まあ号泣。

よく泣いた。顔洗えるくらい泣いた。

もう榮倉奈々が笑うだけで泣けてくるし、

柄本明がケーキ食べてるだけで涙がどばっと出るし、

瑛太とふたりで自転車乗ってたりするだけで

切なくておいおい泣いた。

ここからは記憶メモ。

切った手術あとを確認するシーンも

将来のお嫁さんに悪いよというシーンも

そのあと、ようやく怖いと泣けてしまうシーンも

沖縄で乳がんの手術痕を瑛太に見せるシーンも

ホームビデオにピースするシーンも

ただただただただ涙。

ベタに浸って泣く夜もよい。それでよい。

ただただ泣いてそれでよい。

ひそかに流行るピースサイン。

日常でもこそこそと繰り出している。

そして、明日が来るならを聞くだけで条件反射で

泣ける自分に、おめでたいと感じる。

でも、それでいい。

ぼんやりと光る「project N 阿部岳史」@東京オペラシティアートギャラリー

東京オペラシティアートギャラリーの若手紹介プロジェクトは

意外と外さない。というか趣味が合うらしい。

結構いいなあ、この人。欲しいなあと思うことが多くて、

高木紗恵子さんとかもここでやっている。

たぶん結構自然光が入って明るい通路みたいな空間なので

自分自身が好きな色が出やすいんだと思う。

明るくてぱっとして、それでいてべたべたしない、

さらっとぱきっとした、気持ちを押し出す色たち。

今回の阿部さんは、単色の小さなブロックをたくさん

配置して、離れてみるととあるぼんやりした景色が

浮かび上がってくるという色彩分割みたいな考え方を

現代版でやっている人。(だと思う)

まあ、この人の今まで作ってきたものを全部見たわけでは

ないけれども、ほどよい今の距離感だなあと思って

面白かった。

思い出せないわけでもないけれど、

はっきりと思い出せるわけでもない、

そんな大切な時間とか仲間とかの瞬間が頭の中であいまいに

積み上げられていく。で、暗く沈まない。

ぼんやりはしているものの、間違いなくそのものとして光る。

思い出と呼ばれるものの、そのよさ。

見えないから暗くなるのではなく、ちょっとした瞬間を

つないでいくだけでも結構明るい空間が光っている。

人生は誰にとっても捨てたもんじゃないと思わせてくれる

毎日のワンシーンから抽出した色たち。

時間はいつも光っていて、何かの景色をぼんやりと

とどめながら、あのシーンにもかのシーンにも見える

リアルな思い出を違った形で体感できる絵だった。

はかりしれない女子力「女たち」@東京オペラシティアートギャラリー

こんな展示

「一人の収集家の視点から」

本展は東京オペラシティコレクションの中から
多様な女性像を展示し、そこから見えてくるものを
浮かび上がらせる試みです。
当館には舟越保武や長谷川潔などの作品をはじめ
多くの女性像が収められていますが、
あらためて女性をモティーフにした作品という切り口で
作品を集めてみると、そこには当コレクションを収集した
寺田小太郎氏の個性が色濃く映し出されていることが
わかるでしょう。

わかる気がした。本当は違うかもしれないけど、

えらく女性に畏怖と尊敬をもっている人だなあと思った。

コレクションの女子がみんな本当にこの世のものとは

思われない怖さ。ほんとぞくぞくする、ほとんどお化け。

男子にははかりしれない神秘的な感じがびっしり。

永遠にわかりえないわなあ、女子の深遠は…

と妙な納得感はあったものの、空間としては落ち着かない。

なんで集めようと思ったのか、まったく謎。

家に置いておいたら、絶対変なものをおびきよせることに

なるってと思わざるを得ない底知れない負のオーラ。

こういう面があるから、人の命を生み出せる機能が

女子には備わっているんだとは思うけど、

ダークな、どろどろとした、血をもてあそぶ、

ある意味では超力強い女子力を全開にして

お届け中でした。まったく落ち着かない。

普通にきらきらぴかぴか可愛い女子が好みな

わたくしとしては、どうにもひかれる作品は見当たらず。

なんだか疲れた展示でした。

でも、好きな人は、本当にずばっとくるんだと思う。

まったくぶれないスタンスはすばらしいなあと感嘆。

拍手。

何も予想外のことはなく「ブッシュ」

まあ、とにかく微妙なそっくりさんショーで

だったら思い切りコメディにしてくれた方が

よかったなあというのが正直なところ。

すごい裏側を暴き立てるでもなく、

誰でもなんとなく透けて見えるブッシュさんの

懐の甘さをきれいにまとめてお届けした映画。

日本だったらテレビの再現になっちゃうような感じで

大スクリーンで見るには、ちょっとどうかと。

知らないこととか別にないし、たぶん選挙戦とのからみで

見ることができたアメリカだと違うんだろうが

そんなものとはまるで関係のない日本で見た

自分としては、うむ、どうしたらよいのかという雰囲気の

ある意味でははっきりとしたプロパガンダ映画。

英語がもっとわかれば、たぶん相槌とかいちいちくだらない

タイミングで「そうだなあ」とか「いいねえ」とか

「それでいっちゃお!」言ってそうで、しかも

そのライトな感じは字幕からは走者一掃されていてガッカリ。

そんな扱いかと思ったのは、ライスさん。

完全なブッシュのイエスマンで、いちいち「いいわねえ」

「そうよね」「わかるわー」といったおばさんリアクション。

横にベッタリ張り付いて歩いてて、こんなシーンばっかりだっけ?

とちょっと恣意的なものをね。感じました。

2009年6月14日日曜日

体温のなさとクール「東恩納裕一展」@美術画廊X

ギャルソンにある蛍光灯で出来たシャンデリアとかで

ちょこっと知ってただけなんだけど、固めていくつか

作品を見ることができて、はじめて概観した。

写真にしても、ペイントにしても、まあとにかく体温がない。

これは、喜んでいるのか?病んでいるのか?泣いているのか?

感情がまったく透けてみえない。不思議なもので。

だからかもしれないが、ちょっとやそっとのことでは

ぐらつかないぞというクールさにもつながる気がする。

今までかっこいいと思ったことなかったんだけど、

はじめてシャンデリアは欲しいと思ってしまった。

ただ、美しいと気持ちが落ち着くものはなく、

やっぱり現代のこの居心地の悪さを肌感覚に訴えて

再現すらしていこうという意味で、

すごくうまいものなのだろうと思う。

何一つ、気持ちが落ち着くものがないっていうのは

素晴らしく骨が折れることで、

しかも美しいという縛りがあったら

たぶん落としどころは、どうしようもないほど

難しいに違いなくて、ご飯のたべるのは大変だろう。

生きるためには仕事にならないといけない。

忘れられない。忘れない。

時代とビビッドに生きる「マティスの時代」@ブリヂストン美術館

決してひとりで生きているわけではなく

確実に世の中の流れの中で生きていることを

いち早く感じて、自分の主義やスタイルを貪欲に

変えていける強さこそが「大成」するということだろうと思う。

唯我独尊なんか、いらない。

多くの人が進む方向にしっかりと見つつ、寄せていける。

現在のアーティストには、そんな商売っ気も必要なんだろう。

マティスとフォーヴィズムの出現
フォーヴの仲間たち
親密なあるいは曖昧な空間
色とかたちの純粋化

そんな流れで展示は展開。あまりしっかりしたマティスの絵はなく

あくまでも「マティスの時代」という看板に偽りない展示。

並べてみると、ズラリと時代を越えた画家たちが。

最近、妙にルオーが大好き。世の中は、むしろ変えたいのだろう。

特に、ルオーのエルサレムとかのゴツゴツした中に色がマーブルに

眠る感じにたまらない深さを感じる。

常設展では、

安井會太郎の超モダンなデザイン画がよかった。

ちいさなサイズが壁面に並んでいく。そのリズムに打たれた。

有名になる前「ネオテニー・ジャパン-高橋コレクション」@上野の森美術館

世の中よりも先に見つけていたよ!とか

一緒に成長してきたよ!とか言える誇らしさに

あふれた美術展だった。育ててきたぞという自負。

ネオテニーというテーマを見つけ出して日本のアートの

位置づけを見つけ出す姿勢はすごいなあと思った。

打ち出しは、どんなことにも大事だ。

ウソでも、そういうことでやっていますと言い切った瞬間に

不思議と自分自身のスタンスもガシッと固まったりする。

そんな不思議な経験はよくある。

だから、なぜ自分の手元にこんなものが集まってくるのかを

きちんと分析して、意味づけをすることは「生きる」ことに

つながると思うし、そんなコレクターになれたら

本当に楽しくて嬉しいに違いないだろうなあと思う。

キレイすぎて、ココロ打たれるものが少なかったのは

残念だったんだけど、そういう志を感じる気持ちよさで

入った感じだった。

青山さんの刺繍絵が圧倒的に好きだった。

あとは池田光弘さんの凄まじい細密画。崩れんばかりの世界の

積み重ねにひたすらに見ていたくなった。

佐伯洋江さんもお気に入り。今回は、自分の好みをしっかり確認する会。

せっかく、その空間にいるのに「6+アントワープ・ファッション展」@東京オペラシティアートギャラリー

ベルギーが戦略的にファッション業界の中心に

なろうとして、その目論見どおり有望な若手たちが

次々に生まれる様はエキサイティング。本当に。

日本も国を挙げて、何に取り組んでいるのか分かるほうが

数多くの人が幸せになれる気がする。

どっちに向かうのかをしっかりと見据えることの大事さ。

というコンセプトには惹かれたのに。

足運んだのに、トルソーとDVDだけって、どうなの?

ファッションショー見に行ったほうが、ずっとぐっと来る。

3Dで展開されているショーがある以上、

美術館でやることの意味をもっともっと考えて欲しい。

そういう意味では美術館だって、メディアのひとつなわけで

そこに来る人たちが何を望んで、そこでしか見れないものを

見に来ているのかをしっかりと感じてほしかった。

学生の課題で面白いのは、一年目はスカート&ドレスで実験的な服、

二年目は歴史衣装を、三年目は民族衣装を、四年目は自由という構成。

歴史と民族をちゃんとやることは、意外とどのジャンルをやるのでも

役立つ考え方だろうなあとしんと思った。

ショーのDVDをどさどさ見せられても、テレビを見に来ているわけじゃない。

身体がそこにいる、空間を感じに行っているのに。

設定がすべて「パラドックス13/東野圭吾」

なんか宇宙規模のすごいことが起こるんだけど

結局、最後まで宇宙規模である意味があまりない。

とにかく人間がいなくなった東京をさまようんだけど

意外と予想外のこととか起こらないものだなあと

淡々と読み進めてしまった。

ウソみたいに谷あり山ありの難所になる都心とか

洪水が起こったときに湖のような

池が行く手をはばんだりとか

人間の力で塗り固められた世界が

すごいしっぺ返しを食らうんだけど、まあ予想の範囲内。

聞いたことあることとか見た事あることとか

どこかで聞いたことのあるシミュレーションの中を

動く人間の想いとか業とかが読めるといいなあと

思っていたんだけど、そうもならず。

東野圭吾もののドンデン返しは、ここでそれいる?

みたいなことが割りと多いだけど、今回も再び。

だからこそ、この人が描く気持ちみたいなものの

ある意味のピュアさとかが好きなんだけど、

ハイパーSFすぎて、人間くささがどんどん減ってしまったのが

残念な感じだった。連載って毎回ヒット打つの難しいのね。

知識が結びつく「天使と悪魔」

誰もが憧れはするだろうけど

体系的な知識というやつが

なかなか身につかないわたくし。

歴史の流れの中で、街にちりばめられた

様々なヒントを駆使して犯罪をおいかける

ハーバード大教授なんて、ちょっと憧れるわ。

江戸時代の建物とかも本当は似た感じの

迷信にも近い長い歴史の中で信じられている

いい方位とか神さまのあり方とかが活かされている

らしいんだけど、まるで知らない。

街道の作り方とか徳川家の寺の置き方とかは

全部意味があるらしい。(あくまで“らしい”の悲しみ)

すごいテンポでイタリアの街に刻まれた

歴史遺物の意味とかパズルの一致を次々に

発見していき進んでいく、テンポとロケーション。

バチカンの教皇選びが題材なんだけど、

本当に観光以上にすごい場所にぐいぐい入ってて

ロケーションの力強さだけでも相当目が離せない。

ダビンチ・コードに比べると、ほどよい謎加減だったので

割と楽しめた。

2009年6月3日水曜日

見るものだれもが「チェ・ジョンファ OK!」@十和田市現代美術館

アーティストである必要とかないと思っちゃう。

断然きれいなものをぶっちぎりで作る特権階級が

アーティストであってほしい。

同じ土俵なんかに立っても、ろくなことはない。

プラスティックカゴでタワーを作ったりとか

ビニール人形をアートだと固めて置いたりとか

どこにでもあるテレビに単色をばきっとはめて

出したりだとか、いろいろ生活の周りのものを

即座にアートに!みたいなものを見せられるんだけど

まあ、ひとことでいえば、ちっともきれいじゃない。

というか、日本人には結構当たり前なのかも。

日常がキッチュであることって。

外国の方々には特殊に見える、やたらに毒々しい

プラスティックの色とかもなじんじゃってるからなあ。

普段の生活のなかで。

あとは、商店街の中にも、ウオーリーを探せみたいに

この人のアートが隠れていて、街全部アートを目指す…

感じなんだけど、正直せつない。

目に入るシーンがまったくコントロールできてなくって

圧倒的に日常の品物が景色の中で勝ちまくるという事態。

本当は、そこだけ花が咲いたようになって

さびれた感じの商店街でも、ぱっと明るくなればいいんだけど

逆に飲み込まれて、寂しさが引き立つという結果に。

うむむ。どうにもならないなあ。仕方ない。

地方の商店街の強烈なオーラを再確認した十和田だった。

ハコが一番かっこいい「十和田市現代美術館」

思った以上に大盛況で、間違いなくデートスポットにも

なっていて、非常にいいなあ、人の輪の中心になってるなあと

感心はしたのだけれど、中にある作品がなんか全部こじんまり。

写真ばえはするんだろうけど、びしっとパンチがない。

作家が本気になるほどはお金がないんだろうなあと

少々さみしくもあり、ホワイトキューブがいくつも

つながるハコものそのものが一番存在感がある気も。

ロン・ミュエクの巨大なおばさんにどーんと迎えてもらって、

ハンス・オプ・デ・ビークの謎の薄暗い高速道路で

きつねにつままれた気持ちになって(ほんと奥行きは謎)

ジム・ランビーのカラフル床とかチェ・ジョンファの花馬とか

マイケル・リンの花床カフェとかでポップを満喫して

スゥ・ドーホーの巨大兵隊シャンデリアにうっとりする。

あとは、なんかなあ。もっとガラガラなら楽しめたかも

という不届きな感想。

作品そのものが小さいハコで用意されているので

あまりにも人があふれてると、もう人しか目に入らない。

人が集まっているのは、いいことなんだけど。

あとはおばちゃんとかが、容赦なく歩きすぎ。

見ようとしないのに、なんかがんがん人の視界を

横切っていく。しかも集団で。

かなしい。

金沢21世紀美術館の、まさに縮小版のような感じだった。